「雪はとけて、やがて水になる。親と子は、いつから親子になれるのだろう…。」
若きクロスカントリースキーヤー。彼は、5年前、オートバイ事故で左脚を失った。
中京大学二年生の春、これからの競技者だった。しかし、彼は、雪の上に義足で復帰。
2010年3月の「バンクーバー・パラリンピック」出場を目指して汗を流している。
瀧上賢治さん(24歳)。彼の人生には、いろいろあった。
生まれてまもなく、両親が離婚。引き取られた父親も3歳の時に病死。その後、北海道で暮らす父方の姉、美奈子さんに引き取られる。
美奈子さんには、賢治さんより11歳年上の息子がいたが、実の兄弟として育てた。美奈子さんが書き続けた絵日記がある。
それは、養子縁組のために家庭裁判所に
提出用の報告書がきっかけだったが、
日記帳は、最初は文章だけ、
そしてマジックでカラーになり、
やがて色鉛筆のイラストが加わるようになり、
12年続いた。
賢治さんの左脚は、太ももから下がない。
大腿切断のクロスカントリースキーヤーは、
世界で、賢治さん一人しかいない。
パラリンピックの荒井秀樹監督は、
「彼が頑張ることで、義足の開発が飛躍的に進み、
脚に障害のある人たちにスポーツの世界が広がる」
と話す。まさにフロンティア。
その賢治選手に地元の福祉器具のメーカーが、
義足の開発を申し出た。
バンクーバーの大舞台を前に、
ハイテクで選手の応援をしようというのだ。
しかし、そこにも、未知の世界の試行錯誤があった。
番組では、脚の切断事故から、バンクーバーパラリンピックまで競技生活の3年間を
追いながら、母と子が、そして家族が、どのように結び合ってきたかを描いていく。
地域社会が壊れ、家族が孤立し、親子関係に悩む不安の沼。そんな現代ニッポン。
バンクーバーの雪の上まで寄り添いながら、この親と子のドキュメントを、母に日に贈る。
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