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四日市公害の発祥地、四日市市磯津に通い続け、
公害の記録を40年以上続けている人がいます。澤井余志郎さん82歳。
1960-70年代、石油化学コンビナート企業から排出される煤煙で公害患者が集団発生、ぜんそく発作による死者が相次ぎました。
工場排水の垂れ流しで、海の汚染も広がりました。
1972年「四日市公害裁判」で、企業を訴えた原告患者が勝訴。
澤井さんは、被害者の声を聞き取っては、文集を発行、市民やマスコミに被害を知らせ続けるなど、住民の支援活動に奔走しました。
元原告の1人、野田之一さん78歳。
裁判に勝っても、ぜんそくは治らず、今も発作に悩まされています。
野田さんは、裁判で勝訴した時に、支援者にこう挨拶しました。
「本当の青空が戻った時に ありがとうのお礼が言いたい」
澤井さんは、この言葉を野田さんが言える日が来ることを願っています。
しかし、裁判後、現在に至るまで、環境をないがしろにする企業の不祥事は後をたちません。
経済優先で失った、きれいな海と空、そして人間の健康と命。
環境を守るのは誰の仕事なのか…。四日市は公害を克服できたのか…。
公害記録人、澤井余志郎さんの1年を追います。