<ナレーター>
宮本信子
<番組概要>
1945年3月25日、米軍による名古屋空襲で左目を失った杉山千佐子さんは、去年の夏、100歳とは思えぬ迫力で、「戦争は兵隊だけがするんじゃない!」「戦争で被害にあうのは、弱い立場の女性や子供だ」「戦争のない世界にしてほしい!」と叫んでいた。
杉山さんは、1973年に「全国戦災障害者連絡会」を結成。戦後、軍人や軍属には年金などの補償があったが、空襲で被害にあった民間人には、何の補償もないことを訴え続け、国による救済を求めてきたが、いまだ望みは叶ってない。
“戦後70年”は節目といわれ、杉山さんの周りは賑やかだったが、“戦後71年”となった今年、杉山さんは老人ホームで、ひとり寂しく寝たきりの生活をしている。夏以降、食事をすることもできなくなり、まさに人生の終末を迎えようとしていた。
身寄りのない杉山さんを40年以上に渡り、見守り続けるのが、元中日新聞の記者、岩崎建弥さん。定年退職後は、杉山さんの生活を支えるとともに、ジャーナリストとして、杉山さんの訴えを世間に伝え続けている。岩崎さんもすでに70歳を超えた。生涯一、ジャーナリストとして、ひとりの人間として、岩崎さんが伝えたいことは、何なのだろうか・・・
そして、9月18日の朝、杉山さんは永眠した。その日は101回目の誕生日だった。
戦争によって、片目を失い、国には見捨てられ、世間からないがしろにされ、それでも叫び続けた杉山さんが伝えたかったことは何だったのだろうか・・・
杉山千佐子さんの101年の人生を通じて、71年目を迎えた戦後について考えたい