高橋尚子さん:
「平成は、一般ランナーにとっても非常に大きくマラソンという概念が変わった時代だったと思います。いまや、マラソンが楽しい、ライフワークになっている」

 5日、岐阜県庁で自身が大会会長を務める市民マラソンの記者会見を行った高橋尚子さん。

 高橋さんといえば、2000年のシドニーオリンピック女子マラソンで日本人初の金メダルを獲得するなど、平成の日本マラソン界発展の火付け役となりました。

 当時は主にトップランナーが出場していたマラソンも、今はすっかり市民の競技に。

 今回の大会にはMGC出場権を持つトップランナーや一般ランナーなど合わせておよそ1万2000人がエントリー。そして高橋さんに「平成」最後の大会への想いを聞いてみると…。

高橋尚子さん:
「私が走ったシドニーの頃は、まだ選手だけが走ることが多く、一般の人がテレビで(マラソンを)見て、『ランパン、ランシャツで走る人は、寒いなか大変だね』というようなそんなマラソンだったと思いますが、私もシドニーオリンピックの時に『とても楽しい42キロでした』と発言をいたしましたけれども、その楽しい42キロを同じように共感していただける人たちが非常にたくさん増えてきたことを心から嬉しく思います」
(最終更新:2019/04/05 20:25)