冷たい冬の風にさらされ、日に日に深い味に仕上がっていく、三重の保存食「ゆべし」。
全国各地で作られている「ゆべし」は千利休が料理の一品として使っていたとも言われています。もともとは保存食や薬味として作られてきましたが、各地へ広がるにつれ、それぞれの気候や文化に合ったお菓子や加工品へと変化していきました。
関東を中心によく目にするのは、くるみを用いた餅菓子の「柚餅子(ゆべし)」。関西では、柚子のお菓子として親しまれています。しかし、三重の「伊勢ゆべし」は、甘い和菓子というよりは、お酒のおつまみにぴったりな濃厚な珍味です。

創業254年、三重県津市にある味噌としょうゆの蔵元・辻岡醸造では、去年11月に仕込んだ約800個の「伊勢ゆべし」が、まもなく出荷の時期を迎えます。
「伊勢ゆべし」は、柚子の中に味噌や落花生、胡麻に干しブドウなどの具を詰め込んだあと蒸して、自然の風で約3か月乾燥させて出来上がります。

このお店で使っているのは、地元・三重県大台町で育てられた柚子。そして風も「地元産」、青山高原から吹く風をまんべんなくあてて作り上げます。
去年7月末から10月にかけて三重県を襲った台風の影響で、柚子の収穫量は例年に比べ15パーセント程減りましたが、香りや味は上々とのこと。
年に一度、冬の寒い時期にしか作ることのできない「伊勢ゆべし」は、予約販売などでほぼ完売となる年が多いそうですが、運良くゲットできたなら、なるべく薄く薄くスライスすることがポイントです。

ほんの少量を口に含むだけで、柚子の爽やかな香りが鼻を抜けます。もっちりねっとりした食感と濃厚な味わいの味噌、そして、時々ぷちぷちと歯ごたえのある落花生や胡麻がクセに。おつまみとして日本酒と一緒に、また、みじん切りにしてお茶漬けやふりかけとしても楽しめます。
桜のつぼみが開く3月下旬、黄色かったゆずの皮には味噌がじっくりとしみ込み、食べごろを迎えます。
辻岡醸造