荻野美奈子さん(66)。10年前、娘の友花里さん(当時21)を見知らぬ男に殺害されました。
荻野さん:
「成人式の日にね、写真館に行って撮ってきた写真です。(娘は)ブルーが好きだったんです。
私は『この着物がいいわぁ』って」
一審の裁判員裁判で男に下された死刑判決は高裁で破棄されました。
荻野さん:
「高裁の裁判官たちのね、いる位置がね、私たちの位置と全然違って相当『上』なんですよね。私たちをすごい見下ろしてるなと(感じた)」
荻野さんが感じた、司法との距離・・・
国民が裁判員として、司法に参加する“裁判員制度”開始から今年で10年になります。娘を見知らぬ男に殺害された女性は、裁判員が出した死刑判決が破棄された控訴審の裁判を通じて、制度の理念がなし崩しになっていると感じました。女性が抱いた司法との距離とは。制度10年で見えてきた課題を追いました。
■『一審破棄率の上昇』
2009年10月、千葉県で当時大学生だった友花里さん(当時21)は、自宅マンションに侵入してきた男に現金を奪われた上、殺害され火をつけられました。
千葉地裁で行われた裁判員裁判、男に下されたのは死刑判決…友花里さんの母、美奈子さんは、判決が出たときにこう感じたといいます。
「裁判員裁判だから死刑判決が出たのかなと思うんですね。(裁判員が)身内がこうなったらっていうことを思われたんじゃないかなと」
裁判員裁判では、プロの裁判官と共に6人の裁判員が判決を決めます。しかしそれは、一審・地裁での裁判のみ。二審の高裁以降、判断をするのはプロの裁判官のみ。
そして二審の東京高裁は、一審の死刑判決を破棄し、出した判決は「無期懲役」。その後、確定しました。一審を破棄されたとき、美奈子さんはその説明に違和感を覚えたと話します。
「(判決で)『今までの”判決の例”ではこういう場合(殺害されたのが1人で計画性がない場合)は無期懲役か有期刑かどちらかで、死刑は出たことない』って言われたんでね。同じ事件は2つとないですからね。それぞれが事情を抱えて、それぞれが違う判決が出て、私はそれでいいと思うんですね」
裁判員裁判の死刑判決が高裁で覆されたケースは、友花里さんの事件を含めて5件ありますが、死刑に限らずこうした裁判員裁判の判決の「破棄率」は、ここ数年10%を上回る水準で推移しています。
萩野さん:
「『裁判員裁判を導入しよう』ということで、最高裁が言い出したことを最高裁自らが今はどんどんなし崩しにしているという…。最高裁がそんな考えになってきているんだったらね、私はもう一審なんかしなくていいんじゃないのって、いきなり高裁から始めればいいんじゃないのって思いますよね」
元裁判官で明治大学法務研究科の瀬木比呂志教授は、「裁判員の判断は尊重すべき」と話します。
「市民参加の制度を作る以上はやっぱりその判断を尊重するのが原則で、(裁判所が)自分で種をまいておいて、その結果を破るっていうのはどうかっていうことがあるんですね。ごく普通の人が初めて裁判員で量刑(判断)をやって、この人は悪いことをやったんだということになれば、どうしても(量刑は)重くなります。それが重くなったら、今度は重すぎるって破棄するのは(裁判員制度の)趣旨としてちょっとどうかと」
ほかにも、裁判員制度の影響はあります。
通常、警察が容疑者を逮捕すると、その身柄は検察庁へと送られ、検察が起訴するか判断します。その際、検察が受理した時よりも刑の軽い罪名に変わることを「罪名落ち」といいます。
実はこの「罪名落ち」が裁判員制度導入後、増えているといいます。
去年2月、名古屋市瑞穂区でいとこの女性(当時57)に乱暴する目的で暴行を加えて死亡させ、現金などを奪ったとして男が逮捕されました。
容疑は「強盗・強制性交致死」、最高刑は死刑です。
男も容疑を認めていましたが、名古屋地検はより刑の軽い、傷害致死などの罪に「罪名落ち」して起訴。裁判員裁判で出た判決は、懲役12年でした。
「罪名落ち」について地検の幹部は「証拠を精査して、どの罪が成立するかを検討した結果だ」と話しますが、一方、事件に携わった愛知県警の捜査員は、「現場の本音としてはガッカリ。裁判での失敗を怖がっているのかもしれないが、もっとチャレンジしてほしいよ」と本音を漏らしました。
青の棒グラフは検察庁が殺人容疑で事件を受理した件数。これに対し、赤の棒グラフは殺人罪で起訴した件数で、裁判員制度導入後は、年々減少傾向になっていることがわかります。
刑事訴訟法に詳しい南山大学法学部の岡田悦典教授は、被告の刑の重さを大きく左右する「罪名落ち」への裁判員制度の影響について、こう話します。
「裁判員制度が導入されたことによって、公判活動だけではなく、検察官の訴追・起訴の
あり方についても、ある種一般市民の人からのチェックが入るようになった。(検察が)強引な形でやること(起訴すること)は気にするようになった部分もあるかもしれない」
■増加する鑑定留置
司法の場ではない医療の現場にも、裁判員制度の弊害ともいえる影響が出ています。
被告らの刑事責任能力を見極めるため、病院などで精神状態を鑑定する「鑑定留置」。
専門知識がない裁判員が、公判で医師の鑑定結果を聞くことで、被告の責任能力の有無を判断しやすくなるとされていますが、裁判員制度が始まった2009年を境にその件数は伸びています。
愛知県精神医療センターの粉川進院長は、「裁判員制度が始まることで、鑑定留置の依頼は増えると考えていた」と話します。
「(裁判員が)疑問なく判断を進めていくには、精神科的な評価が必要な場合も当然あるだろうと」
入院での「鑑定留置」には、広さ6畳半ほどの、重度の精神疾患がある患者を集中して治療するための病室を使うといいます。しかし、一般病院での「留置」にはリスクもあります。
去年5月、守山区の東尾張病院から鑑定留置中の男が脱走した事件。愛知県内を逃げ回り、22時間後に逮捕されましたが病院のセキュリティが問題視されました。
精神医療センターの部屋でも、窓の手前に頑丈な柵を立てるなどの脱走対策はとっていますが、留置中はリスクがつきまといます。
「率直に言って(鑑定留置は)やりたくはないですね。必ずしも治療目的ではなく、判断・鑑定するためなので、日常の仕事とはやり方も違ったりするし、逃げられないような安全対策も通常の一般的な治療に比べると、より神経質にやらないといけないのは負担ではありますね」
10年が経ち、様々な課題や弊害が見えてきた裁判員制度。
節目を迎える今、制度を改めて見直す時期なのかもしれません。
娘の友花里さんの事件の裁判で、裁判員が出した死刑判決が破棄され、男の無期懲役が確定してから4年。兵庫県の荻野さんは、当時のことを改めてこう話します。
萩野さん:
「高裁の裁判官のいる位置がね、私たちの位置と全然違って相当『上』なんですよね。私たちをすごい見下ろしてるなと(感じた)」
国民と司法をつなぐ裁判員制度。開始から10年…その距離は、遠いままです。
萩野さん:
「10年たった今やから、裁判員裁判を施行するにあたっての、一番最初の原点に立って、一般市民の感覚を司法が取り入れて裁判しようじゃないかっていうふうに導き出したところに、もう1回立ち返ってほしいなと思います」