今年6月、元農水事務次官が長男を殺害したとされる事件では、「川崎の殺傷事件が頭に浮かんだ」という供述に注目が集まりました。

 ひきこもりと事件をただちに結び付けることは控えなければいけませんが、ひきこもりの中高年を抱える親は、ここまで思いつめるのかと考えさせられました。

 名古屋市に住む“ひきこもり状態”の40代の息子を持つ母親を去年、そして今年と取材。変わらぬ切実な実態が見えてきました。

■40代の息子がひきこもり…母の苦悩と不安

 名古屋市在住の佐藤さん(仮名)。去年1月の取材当時、68歳。

佐藤さん:
「帰ってきたら、これ(玄関の写真)に話しかけるんです。『きょう一日元気だった?元気にしていますか?』これくらいの時に戻ってみたいなと思いますね」

 写真は家族でハワイ旅行に行った時のもの。当時息子は10歳で、元気に学校に通っていました。しかし…。

佐藤さん:
「ドアチェーンかけて開けないわけだから、私たちが(家に)入れないですよね。閉じこもっているというか」

 中学生の時に不登校になり、それがきっかけでひきこもりに。30年近く続いていて、40歳をこえました。暴力も振るうように…。

佐藤さん:
「殴る、蹴るということだから、結構長く続きましたね。逃げることしかないし、あの子も何かを伝えたかったんだと思いますけどうまく私に伝わらないし、(息子を)受け入れられてあげる包容力がなかった」

 暴力から身を守るため、自宅を出た佐藤さん。息子(43)も一人暮らしで生活保護を受けていますが、将来への不安は尽きません。

■電車の乗り方で悩みも…ひきこもる人や家族を支援

 名古屋市中村区でひきこもりの支援をしている、NPO「名古屋オレンジの会」。

 10年前から、ひきこもりの人の自立支援や家族の相談にあたってきました。相談会は週2回開かれていて、親の平均年齢は60代、子どもは30代です。

ひきこもりの子をもつ親:
「下手したら私たちが死んだら、そのまま放っておかれるかもというのがあるじゃないですか、極端な例ですけど。本人たちはそれなりに蓄えもあるし、自分のことは自分でやるからと言っていますけど、どうなるか分からないですよね。急に倒れちゃったりするとか」

名古屋オレンジの会 山田孝介代表:
「ただ非正規の収入だけだと、誰かの周りの支えがないと暮らしていけないという状況の中で、一気に親御さんの介護問題とか入ると、仕事できないとなっちゃう。そうすると本人の収入が絶たれて、その瞬間から世帯全体で大変になる」

 この日、山田さんは30年近くひきこもっている佐藤さんの息子のマンションへ。なんとか会えないか…家族に代わって本人を訪ねる「訪問支援」も会の大切な活動です。

 3年ほど前から通っていますが、これまでに会えたことは一度もありません。

 買い物にも出かけていない可能性もあるとカップラーメンなど、食べ物も持ってきました。しかし…。

山田代表:
「残念ですがお会いできずに物だけ置いてきました。粘り強くやるしかないですね」

 今回も会えず…。息子の状況はすぐに母親の佐藤さんに伝えられました。

山田代表:
「今日(息子さんの)おうちのほう、伺ってきて」

佐藤さん:「いました?」

山田代表:
「反応がなかったんですけどメーターとか見ると、使われている痕跡はあるのでたぶん生活はされているんじゃないかなと」

佐藤さん:
「時々そうやってオレンジの会と交流があれば、(息子が)生きているんだなということで、親としてもうちょっと先まで望むところですけど、中々難しいですね」

■ひきこもりの長期化で難航化する社会復帰…子供を交通機関に乗せる方法に悩む親も

「オレンジの会」で開かれたひきこもり家族会では、電車に乗る方法を話し合っていました。

ひきこもりの子をもつ親:
「バスや電車をどうやって乗せればいいのか、行き詰まっています」

オレンジの会:
「一駅だけでも乗ってみるわけですよね」

ひきこもりの子をもつ親:
「これ1人でやらせた方がいいわけ?」

オレンジの会:
「まずは一緒に乗るんだよ。一駅乗るんだよ」

ひきこもりの子をもつ親:
「30いくつのかの(子が)ね」

同じ境遇の他の親:
「そういうこと考えたらいかんって」
「体は大きいけど、頭は子どもと思って」

ひきこもりの子をもつ親:
「なんかいい方法はない?」

 電車の乗り方も悩みの一つ。長期化すればするほどひきこもりからの回復は難しいのです。

■最初の取材から1年半…親子が顔合わせない状況は変わらず

 最初の取材から1年。再び佐藤さんを訪ねました。

佐藤さん:
「ああいう事件(元農水次官が長男を殺害したとされる事件)が起こったと聞くと、ひょっとしてそういうことがあるかもなって」

 ひきこもりの息子と別居して4年。1度も顔を合わせないまま…状況は1年前と変わっていません。

佐藤さん:
「(オレンジの会では)作業場をもっていますから(息子は)パンをもらってすぐ帰ってしまう。(息子が)こう思っているとか言ってくれればね、手紙を出したりとか、何も分からないので」

 息子は「オレンジの会」の就労支援施設に時折通っていますが、人との会話はなく、今の心境や生活環境を把握できていません。

佐藤さん:
「上手に好きなことを見つけて、自分のストレスを溜めないようにしていってくれるといいなって思います。それがああいう事件に繋がらないんじゃないかなと私は思いますので…。私も私の親も精一杯、あの子に対してやれることはやってきたと思うので、私はあの子を信じるほかに方法がない」

■家庭で抱え込まずに専門機関等へ『SOS』を

 支援団体の「オレンジの会」では、ひきこもりの子を持つ親たちが集まる「家族会」が開かれていました。その輪の中に広げられた1枚の新聞…。

ひきこもりの子をもつ親:
「父親は子育てに関わってないし、状況分からなかったのではないか。(相談に行くのは)敷居が高かった。奥さんにしたら相談できなかったんじゃないか」

 今年6月、元農水次官が長男を殺害したとされる事件以降、オレンジの会に寄せられる中高年のひきこもりの相談件数が、倍以上に増えたといいます。

山田代表:
「高齢の親の相談が多かった。息子が40以上とか。親も70、80そういった方の相談。家族で抱え込んで解決しようと思わずに積極的に専門機関など窓口に相談してほしい」

 そして、社会に対しても…。

山田代表:
「社会がひきこもりに対し偏見を持たないということ。自己責任という話にすると、ますますSOSが出しづらくなる」

「抱え込まない」…これが次へ繋がる第一歩となるかもしれません。