ラグビーW杯。日本代表は下馬評を覆し、リーグ戦を1試合残して1位の座をキープしている。前回のイングランド大会では“ラグビー途上国”の日本が、強豪の南アフリカを破り「ブライトンの奇跡」と称された。その「奇跡」の再現が全国のラグビーファンの胸を高鳴らせている。

 自称「世界初のラグビー登山家」、愛知県春日井市の長澤奏喜の連載もこれで4回目、W杯への思いを伝える。

■スコットランドラグビーの聖地「マレーフィールド」へ

 開幕して約3週間が経ったラグビーのW杯。日本はロシア、アイルランド、サモアに連勝し、予想を超える盛り上がりを見せている。

 予選リーグもあと1試合、日本代表が最後に戦うのはスコットランドだ。前回のW杯で日本が敗北した相手だが、自国開催という大舞台で決勝トーナメントを賭けた世紀の一戦にきっとなるだろう。

 スコットランドの最高峰、ベン・ネヴィスに登るため、現地を訪れたのは2017年4月のことだった。

 それまでの1ヶ月の間にポルトガル、スペイン、ウェールズ、イングランドの最高峰を続けて踏破しており、体力は限界に来ていた。しかし、日本代表の前回大会のリベンジを果たすべく、僕はここにいるのだと自分を鼓舞し続けていた。

 前の遠征先であるイングランドから車で1日ほどかけて移動して、スコットランドのラグビー専用スタジアム「マレーフィールド」に到着した。

 1925年に設立され、67,800名が収容できる巨大なスタジアムだ。僕は隣接しているスコットラグビー協会を訪れて、協会関係者に「次こそ対戦したら日本が勝つからねっ!」と伝えようと思っていた。…しかし、入口にいたセキュリティーの方にはじき返され、中に入ることもできなかった。

 スコットランドだけでなく、先進国のラグビー協会はどこもセキュリティーが固く、冷たく感じるものがある。

■中世にタイムスリップしたよう…スコットランドの首都「エディンバラ」

 泣く泣く、スコットランドの首都・エディンバラに向かった。中世からそのまま時が止まっているかのような雰囲気を醸し出しており、まるでタイムスリップしたような感覚だった。

 今まで訪れた国の首都は、最新技術を謳歌するような近代的な建造物が建ち並ぶ都市がほとんどだったが、エディンバラは違った。

 重厚な石造りの建造物が当時のまま残っていて、そこで生活している人が歴史を紡ぎながら共存している。現代社会に対しての強いアンチテーゼを感じた。「決して時代には流されない」とのスコットランド人の強い意志が街の雰囲気から伝わってきた。

 奇しくもスコッチ・ウィスキーが頭に浮かんだ。丹念に時間をかけて醸造されるスコッチは、スコットランドの土壌から生まれた賜物なのだろう。街の風景とお酒、そしてラグビーさえもシンクロしているように僕は思えた。

 スコットランドのラグビーは、プレースタイルに派手さはないものの、相手のウィークポイントを執拗に攻める。固く攻め、固く守る。堅実さがスコットランドの特徴だ。一朝一夕で今のスタイルができたわけではなく、長年のスコットランドの哲学を代表が体現しているようにも思えた。

■いよいよベン・ネヴィスへ…危険なサッカーファンと遭遇

 翌4月9日、ベン・ネヴィスに向かった。スコットランドの最高峰といっても標高は1,345m。高くはなく、比較的登りやすい山ということも聞いていた。実際、スニーカーにラフな服で登るアジア人の登山客もいた。

 その一方で、スコットランド人はまっとうな装備で山に挑んでいた。豪雪地帯という事もあり、山頂には避難小屋もある。イギリス4地域の最高峰で唯一だ。何事にも堅実な国民性が山でも垣間見られた。

 登山の道中、イングランド出身のサッカーファンと出会った。彼らはラグビーボールに触れたことがないと言い、パスをすると崖めがけてボールを蹴った。

 気圧が低い山では予想以上にボールが飛んでいく。ボールは崖に向かい、危うく落ちるところだったが、慌てて雪上を追いかけ、何とかセーブできた。内心、腹が立ったが、僕は笑顔でその場を後にした。

■天候悪化も…ホワイトアウトの美しさに感動

 また、人生初のホワイトアウトにも遭遇した。

 ベン・ネヴィスは天候が急激に変わるため、遭難する人も後をたたない。視界が悪くなり、道を間違えてしまうためだ。そんな話を聞いていたから、視界がない状況は、きっと恐ろしいものと想像していたが、実際には真逆だった。

 この山でも、石を積み上げた山頂までの道標が随所にあったが、その積まれた石が浮かんでは消える幻想的な光景に山を始めたばかりの僕は、心を奪われた。

 スタート地点から3時間ほど歩いて山頂にトライ。あたりは一面、雪景色だったが、山頂を示す石台がちょうど良い高さにあり、それまでで一番綺麗な形のトライができた。

 いよいよ13日、ベスト8を賭けた予選リーグ最後の試合が行われる。この結果次第で、ベスト8に進めるのか、予選リーグで敗退するのかが決まる。

 どんな結果でも日本代表がまた、最高のゲームで日本中を熱くしてくれることはもはや疑いがないことだ。一位通過で決勝トーナメントに進むことを切に願っている。

■長澤奏喜(ながさわ・そうき)プロフィール

1984年10月、愛知県出身(大阪生まれ)。愛知県立明和高校卒業後、慶應義塾大学理工学部を経て、大手IT企業に就職する。
在職中にジンバブエでの青年海外協力隊でジンバブエを訪れた際に、世界におけるラグビーW杯の熱を肌で感じる。
2016年に退社し、2017年3月、世界初のラグビー登山家となり、2年半で過去W杯に出場した25カ国の最高峰にラグビーボールをトライする、# World Try Project に挑戦。
2019年8月27日、日本の富士山で、25カ国すべてのトライを達成。

長澤奏喜HP「I am Rugby Mountaineer」(僕はラグビー登山家)

サイトURL
https://www.worldtryproject.com/