「死後再審」…文字通り、本人が亡くなった後に裁判をやり直す「再審制度」のことです。

 今から58年前の1961年に起きた名張毒ぶどう酒事件の奥西勝元死刑囚は、無実を訴えながら4年前、獄中で死亡しました。遺族は今も裁判のやり直しを求めています。

 こうした中、名古屋にある南山大学の学生が事件のあった現場を調査しました。

■事件は58年前…無実訴え続けるも死刑判決 4年前に医療刑務所で死去

 10月4日、奥西勝元死刑囚の命日に彼の墓前で手を合わせるのは、妹の岡美代子さん(89)、今も兄の無実を訴え、「死後再審請求」をしています。

 裁判は現在、第10次の異議審が名古屋高等裁判所で行われています。

 名張毒ぶどう酒事件は、1961年(昭和36年)三重県名張市葛尾で、ぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡、12人が重軽傷を負いました。

 犯人として、村人の奥西勝(当時35歳)元死刑囚が逮捕。

 一審では無罪、二審(控訴審)で逆転死刑判決となり、最高裁で死刑が確定しました。

 奧西元死刑囚は、その後何度も再審請求をしましたが、2015年(平成27年)10月4日、八王子医療刑務所で亡くなりました。

 89歳でした。

■研究対象としての「名張毒ぶどう酒事件」

 この夏、名古屋にある南山大学の学生が、冤罪や再審制度についてのレポートに取り組み、まとめました。レポートを発表したのは、法学部の菅原真研究室のゼミ生です。研究の対象としたのは、名張毒ぶどう酒事件。

Q.名張毒ぶどう酒事件を調べようとした理由は?
山本明日香さん(3年):
「そもそも再審制度について興味があって、たまたま履修した憲法の授業で、この名張毒ぶどう酒事件について知ったので、もう少し追究してみたいなと思って」

Q.判決文を読んで、矛盾点や疑問点は?
吉田和紗さん(3年):
「犯行動機から全てにおいて曖昧で、ずっと自白だけを頼りに裁判を進めている感じが強くて、自白をそんなに証拠として重視するべきではないと思っているので、その裁判で本当に有罪判決を下していいのかという点がすごく疑問でした」

勝井琴音さん(3年):
「再審請求などもたくさんされたと思うんですけれども、そちらの方がより説得力のある証拠に見えて、何故あの曖昧な証拠で死刑が決まったのかというのが、すごく疑問でした」

 指導にあたった菅原教授にも、名張毒ぶどう酒事件に取り組もうと思った理由を聞きました。

南山大学法学部 菅原真教授:
「国家権力による冤罪事件は犯罪ですから、それを憲法研究者が扱わないのはおかしいんじゃないかと思いまして」

「東海地方で起きた憲法問題、あるいは法律事件の中で特に人権に関わる問題について、名張毒ぶどう酒事件が一番すぐにピンと浮かんだんですね」

■学生が判決記録や現場を調査…見えてきたものは

 菅原ゼミの学生は、この事件を研究・調査の対象として文献や判決記録を調べました。更に今年6月、ゼミ生23人が事件の現場となった葛尾の村や、関係する場所など数カ所を現地調査。

 再審請求審では、奥西勝元死刑囚が公民館で1人になった10分間に、毒物を混入できたかどうか、それが争点の1つです。

 学生の調査では、死刑が合理的で妥当な判決だったのでしょうか?

Q.現地調査で学んだことは?
山本明日香さん(3年):
「『空白の10分』問題で、私の班は公民館から会長宅まで実際に歩いて時間を計ったんですけど、3分41秒しかかからなくて、結構遅めにゆっくり歩いて行ってもそれくらいしかかからなかったということなんですね。実際にこういったことをしてみて、やはり確定判決への疑いは増すばかりではありました」

吉田和紗さん(3年):
「仕出し屋さんの時計が狂ってしまうっていう話があったんですけど、実際にそこに行ってみると、道が舗装されているのもあるかもしれないけど、トラックが通ったからといって、時計が狂うほどではないかなというのもありましたし、とにかくたくさん疑問が生まれる現地調査でした」

今井暉さん(3年):
「自白というのが現地に行くことによって、曖昧なものだったんだなと認識することができました」

勝井琴音さん(3年):
「奥西さんが虚偽自白におちる過程だったり、心理状況、また裁判官の判断についていろいろ調べたんですけど、その自白が誤判というところにもつながっているのかなというのも思いました」

雲龍季里さん(3年):
「奥西勝さんが、もっと調書の大切さを知っていればよかったのに…」

 今回の調査の結果、判決の矛盾点や疑問点に気づく一方、司法の問題点も見えてきました。

Q.日本の再審制度と外国との違いについては?
小松未玖さん(3年):
「諸外国では法改正が何度も何度もされているにもかかわらず、日本ではされていない現実があることに対して、名張毒ぶどう酒事件も日本の司法の被害者でもあると思ったんです」

Q.再審制度と検察官のあるべき姿は?
山本明日香さん(3年):
「検察官とか裁判官も人間なので過ちを犯すし、正義も貫けない時もあるんじゃないかなと考えたときに、もちろん証拠開示を積極的に良心に従って検察官が行ってくれると良いとは思うんですけども、やはり内部の検察官同士の上下関係だとか制度や仕組みの問題があるのかなと思った」

Q.裁判官と冤罪については?
黒田亜衣さん(2年):
「裁判所というのが制度的に見ると、独立してると見えるかもしれないけど、現状としては独立してないのかなって。他の機関の影響を受けている点もあるので、そこを変えていかないと、冤罪というのは少なくならないんじゃないかなと思いました」

■調査にあたった学生に最後に質問…「名張毒ぶどう酒事件は冤罪か?」

 学生らは伊賀市にある奧西家の墓前で、彼の妹・岡美代子さんと面会しました。

岡美代子さん:
「ありがたいことでした。ちゃんとお墓まで来てくれて。孫くらいな生徒ですよって、うれしくてな。こんな生徒まで頑張ってくれて、助けてくれてと思うと、うれしくて」

 何度も裁判所に裏切られてきた岡さん。それでも裁判所を信じていかなければなりません。

 今回の取材で最後に学生たちに聞きました。「名張毒ぶどう酒事件を調べた結論として、この事件が限りなく冤罪と思う方は?」と。

 その場にいる学生7人全員が手をあげていました。

 この事件について死後再審を行っている、妹・岡美代子さんはすでに89歳。裁判所は2017年の異議申し立てより、何の動きも見せていません。

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