三重県松阪市に、週末だけ営業する人気のそば店があります。店主の三井渚さんは、平日は看護師として働く一方、週末はそば職人としてそばを打ちます。

 そば職人となって気付いたのは、病の改善もそばを打つことも、内面と向き合う点では同じという事でした。

 そして、三井さんが、看護師とそば職人の二足の草鞋を履き続ける原動力は、祖父から教えられた感謝の思いでした。

■土日のみ営業の手打ちそば店 店主は病院看護師

 三重県松阪市、市の中心部から車で30分ほどの所にある手打ちそば「凪静庵」。

 力強くそばを打つ女性、このそば店を営む三井渚さん(43)です。平日は、市内の病院で看護師として働き、週末だけここでそばを打ちます。

 作るのは、北海道のそば粉を使った二八そば。シンプルな「せいろ」(900円)と「かけそば」(900円)が人気です。

 細いながらもコシがあり、そば本来の味を楽しめると、通の間でも評判。遠方から足を運ぶ人もいます。

男性客:
「40分くらいかかるけど…。月に2回か、3回くらい。こだわりの逸品だと思うし、これが楽しみで来ている」

女性客:
「女性の視点だと思うんですけど、繊細さがとても好きですね」

■そば通をうならせる繊細ながらコシのあるそば…1日に作れる量は20食程度

 そばの仕込みは、決まって早朝5時から。平日は白衣姿ですが、週末はバンダナと前掛けでそば職人です。

 まずはつゆの仕込み。出汁をとる鰹節は特注の最高級品です。

三井さん:
「2種類をブレンドさせて、深みとかも違いますし。これは、こだわりたかった1つですね」


 味に深みを出すために、一般的な鰹節に亀節と呼ばれる小さなカツオで作ったものをブレンドします。

 一番だしは冷たいそば用に。二番だしは温かいかけそば用に使います。

 醤油、みりんなどを加えたところで登場するのが、アツアツに熱した鉄の棒。つゆの入った鍋に入れると、つゆに香ばしさが加わりコクが出ます。

 東海地方は甘辛いつゆが多いため、それと一線を画した、自分の店にしかない味を求めました。醤油のきりっとした辛さと鰹の旨味が口に残る三井さんの自信作です。

 続いて、北海道産のそば粉を使ってのそば打ち。

三井さん:
「気温と湿度、これが緊張するんですよ。雨の日とか、季節でも全然違います」

 メモを頼りに、その日の気温や湿度に合わせて水を加えたら、小柄な体で無心にそばを打ちます。

 手の感触で、その日の水分量がわかるといいます。

 冬でも汗が出るほどの重労働。自然と体も引き締まりました。1人でやっているため、1日に作れる量はせいぜい20食程度です。

 仕込みは毎回2時間。全神経を集中させます。理想は、1.2ミリ。繊細でありながら、コシのあるそばに仕上げます。

 午前11時、店を開くと同時に常連客がやってきます。遠くは名古屋からも、そば通がやってきます。

男性客:
「匂いもええし、香りもたってるし、なかなか良い仕事してますな」

女性客:
「体も小さいのに、そこから練りだされるおそばって、すごいと思います」

■「病の改善もそばを打つのも同じく内面に向き合うこと」…原動力は感謝を忘れない「祖父の姿」

 看護師をしながらのそば職人。二足の草鞋を履く理由について「何か違うこともやってみたかった」と話す三井さん。そばを選んだのは、和菓子店を営んでいた祖父母の姿をみて「職人の道もいいな」と思ったことがきっかけでした。

 和菓子職人をしていた祖父の影響で職人に憧れ、後を継ぐことも考えましたが、祖父が亡くなり、その夢は途絶えました。祖父について三井さんは「丁寧さとや人への感謝は、じいちゃんはすごかったんで、真似しないといけないと思った」と話します。

 学校卒業後は看護師となり、精神科で勤務。そば打ちは趣味で始めました。すると、病の改善もそばを打つことも、内面と向き合うことだと気付きました。

 そこで一旦看護師をやめ、そば道場で修業。1年間みっちり、そばのイロハを学びました。

三井さん:
「本当に、そば屋ができるのかとか、くじけそうに何回もなるけども、自分がやりたい思いが勝つんで」

 同時に、看護師を続けていくことも決めました。

三井さん:
「看護師として長年やっていますけど、今でも患者さんから気付かされる点は…そっちの方が多いですね」


 患者から教えられると感謝。

 二足の草鞋を履く、その原動力には、感謝を忘れない祖父の姿がありました。そんな彼女の店の箸袋には、筆ペンで手書きされた感謝の言葉が綴られています。

三井さん:
「なんか顔を入れたかったんですよね、笑顔をね。これのほうが、温かいじゃないですか」

 午後2時、閉店。

 三井さんは、店を切り盛りしている時も、看護師であることを忘れたことはないといいます。看護師であり、そば屋の店主でもある。どちらも今の自分です。

三井さん:
「やっと1年経って、リピーターさんも来てくれるようになって、ここへ来ると癒されるとか、ほっとするって。みんなで作り上げていきたい」

 手打ちそば「凪静庵」は、名古屋から車で1時間30分ほど。土日のみの営業で、売り切れ次第終了です。