三重県津市で今年2月、元自治会長の男が逮捕された補助金の詐欺事件では、5月になって市の臨時職員も逮捕されました。取材を進めると男と市の歪んだ関係や住民の生活を脅かす大きな問題が起きていました。
■元自治会長による「補助金詐欺事件」…共犯者として市の臨時職員の男も逮捕
三重県津市の中心部から車で5分ほど。細い路地に、昔ながらの民家が立ち並ぶ相生町。
今年2月24日、この相生町の自治会長だった田辺哲司被告(61)が逮捕されました。知人の業者の男らと共謀し、実際には行っていない工事の領収書を作成、市の補助金をだまし取った詐欺の疑いです。
その後、田辺被告は同様の詐欺容疑で3度にわたって再逮捕。だまし取ったとされる補助金は、自治会の掲示板の補修13万円に、ごみ箱の設置75万円、集会所の修繕工事100万円など、ありとあらゆる名目に及びました。
逮捕前の取材に対し、田辺被告は悪びれる様子もなく…。
逮捕前の田辺被告(2月15日):
「悪かったら悪かったで、法治国家やでさ、悪いって判断されたらそれはそれやし。警察が調べたらええんちゃうかな」
そして5月19日、三重県警は田辺被告の共犯者として、津市の臨時職員で町の中央市民館の元館長の松下哲也容疑者(67)を逮捕しました。
自治会の防犯灯の設置工事をしたように装い、補助金52万円をだまし取った疑いが持たれていて、ついに市側にも逮捕者が出る事態となりました。
■田辺被告に忖度する市の幹部…職員は田辺被告からの指示で掲示板の補修工事まで
田辺被告を巡る一連の事件。その実態について、現役の津市の職員は…。
津市の男性職員(50代):
「(市役所は)みんな田辺会長に忖度じゃないですけど、そういう見方とかしていますもんね。上層部の人らはブランド品ですね、ルイ・ヴィトンのネクタイとか、バッグとか帽子とか服とか…。その人に応じたプレゼント」
田辺被告から高額なプレゼントを受け取っていたという市の幹部たち。男性職員は幹部からの指示で、田辺被告の不正に加担させられたこともあったといいます。
同・職員:
「上司が『ちょっと田辺会長から電話が入ったので、行ったってくれないか?』と。最初は雑談から始まって、(田辺被告が)『ちょっと掲示板きれいにしてくれやんか?』と」
田辺被告から現金を渡され、ホームセンターで資材を安く購入。掲示板の補修工事をさせられたという男性職員。田辺被告が工事を市に申請し、補助金が交付されていることは知らされていませんでした。
同・職員:
「職場へ戻って、(上司に)『今日ちょっとこういうのをしましたわ』と。(上司は)『お疲れさんでした』という感じで。ちょっと断ると自分に仕打ちがあったり、また、その課に被害が及ぶんじゃないかなと」
田辺被告は、「挨拶がない」などと、理不尽に機嫌を損ねることも多く、上司からは謝罪の仕方について驚きの指示があったといいます。
同・職員:
「丸坊主とか土下座とか、『こういう風に謝らんといかんのちゃうか?』と。3~4回ぐらい頭剃ったり、土下座して…」
市の職員と田辺被告との歪んだ関係。なぜ、田辺被告はこの町で力を持つようになったのでしょうか。
■暴力団幹部と映った写真を見せて力を誇示…影の権力者だった田辺被告
相生町でイタリア料理店「trattoria TOTTI」を営む、堀田泰司さん(46)。高校卒業後、一旦は町を離れましたが、17年前に地元に戻り、実家を改装して、この店をオープンしました。長年、田辺被告をみてきた堀田さん。いわゆる“裏社会”の人間関係があったといいます。
相生町で店を経営する堀田泰司さん:
「ならず者みたいな人らも、かなりおったのも事実なんですよ、昔は。そのイメージだけがまだ残っとった」
親族や知人に暴力団がいたという田辺被告。自身の入れ墨や、暴力団幹部と映った写真を見せつけ、力を誇示することもあったそうです。
相生町の影の権力者だった田辺被告。その男の逮捕によって、町は健全な姿を取り戻す…。そう住民たちは期待していましたが、実際は生活を脅かすさらなる混乱が起きていました。
■市が補助金の返還を請求…田辺被告が使った1000万円は自治会の借金に?
相生町で店を経営する堀田さん:
「(補助金の不正受給は)相生町の自治会の帳面を通していっとったので、『1000万円、相生町が払ってください』と(市から)言われたらしいんですよ」
田辺被告が、不正に申請したとみられる補助金は、すべて自治会名義の口座に振り込まれていましたが、田辺被告が飲食代などに使ってしまい、もう残っていません。およそ1000万円にのぼるとみられる補助金について、市から住民に返還を求められる懸念がありました。
堀田さん:
「(市が)『相生町自治会、解散せんといてください』と、『新しい自治会長を立ち上げてください』って。『借金はちょっとずつ払ってもらったらいいですよ』って回答が返ってきたんですよ」
集会に参加する町民:
「役所らがあの人を最初に認めたんだから、自治会長って。私ら町民は誰も認めてない」
堀田さんは、自らが新たな自治会長になり、元の姿を取り戻そうと訴えました。
堀田さん:
「できるのであれば、元の形に戻していきますので、僕は自治会長に立候補させていただきますので…」
しかし…。
集会に参加する町民:
「もうええわ、ありがとう。相生町に住んでない人がよそから来てしゃべっとったって、親身になってくれとるとはうちらは思わへん」
実家を改装して店を開いたため現在は、相生町には住んでいない堀田さん。事件の影響で“自治会長”という立場への住民の不信感も強く、結局、信任投票が行われることになりました。
堀田さんは、自治会が住民に届ける「市政だより」を配りながら、1軒1軒、この町に住む人を知ることから始めました。1週間、町内を歩くと、新たな“負の遺産”も明らかになりました。
堀田さん:
「これ、実は空き家ですね。立派な家も空き家なんですよ」
田辺被告が自治会長だった当時、町の世帯数は240世帯で市に申請されていましたが、実際には、170世帯にまで減っていました。
■権限もつ自治会長は交代制に…新たに自治会長となった男性の訴え
そして、新しい自治会長の信任投票の開票日。不信任15票に対し信任50票で、堀田さんを自治会長とする、新しい「あいおい自治会」が誕生。自治会の役員には、30代から40代の若い世代も加わりました。
堀田さん:
「市役所の人たちが『会長、会長』って言って祭り上げとった気もしますね。おそらく長く続けるとすごい居心地がいいと思うんですよ、自治会長って。何か知らんところで、いろいろな利益とかも出てくると思うんですけど。2年か3年で当番制とかにしていったら、どこの自治会そうですけどもめごとにもならへんし、健全な自治会になると思いますね」