“エビの殻”から保湿等の成分抽出に成功…エビせんべいの坂角がハンドクリーム販売「環境に配慮した企業に」
愛知県東海市で1889年に創業した「坂角総本舗」は、名古屋土産の「エビせんべい」で知られる菓子メーカーです。1966年に誕生したエビせんべい「ゆかり」は、大ヒットするものの、製造過程で出る大量のエビの殻に長年苦慮していました。しかし、再利用を模索する中で出会ったベンチャー企業とエビの殻の成分の抽出に成功。抗菌性や保湿性などに優れたハンドクリームが完成しました。
■若い人たちに親しんでほしい…エビせんべいでお馴染みの「ゆかり 黄金缶」をマイナーチェンジ
愛知県東海市に、エビのマークでおなじみの「坂角総本舗」の本社はあります。
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主力商品のエビせんべい「ゆかり」は、名古屋を代表するお土産の一つです。
その知名度を一気に全国区へと押し上げたのが、2007年に登場した名古屋でしか買えない“黄金缶”で、今では、売上をけん引する大ヒット商品になっています。
2022年2月に、その老舗のシンボルともいうべき黄金缶のデザインを、発売以来初めて変更しました。これまでエビのマークの下に書かれていた「ゆかり」の文字を「NAGOYA」に変更。発売から15年にわたり親しまれてきたデザインを変えたのには、老舗ならではの理由がありました。
坂角総本舗の担当者:
「若い方により親しんで欲しい思いと、コロナが落ち着いた後に海外の方にもより名古屋を知っていただきたい」
コロナの影響を受け、年間1億枚を突破していたゆかりの生産数は3割も減少。しかも、お客さんの年齢層が年を追うごとに上昇していることも大きな危機感につながっていました。何としても若い世代を取り込みたい。コロナ後を見据えて、海外からの旅行客にももっとアピールしたい。マイナーチェンジにはそんな思いが込められていました。
■製造過程で出るエビの殻の再利用を模索するも…健康食品への挑戦は失敗
坂角総本舗は、2021年5月に名古屋市の中心部に直営店「BANKAKU KITCHEN」を期間限定でオープン。そこには、若い世代にもっと自分たちのことを知ってほしいという願いの他に、“エビの殻”の再利用という目的がありました。
店では、エビの殻を乾燥させ粉末にしたものをパン生地に加えたカレーパンに…。
エビの殻を食べさせた鶏の卵で作ったプリンなど、エビの殻を使うことにこだわりました。
2022年2月に発売したハンドクリーム「EBIKARA MIRAI」(1本2970円)にも、エビの殻が使われています。坂角総本舗の未来を握る商品の一つです。なぜ、エビの殻にそこまでこだわっているのでしょうか。
坂角総本舗の坂泰助社長:
「エビの殻は長年廃棄物として処理してきたから、何とかしたいのは永年の課題。どう加工すれば価値を生むのか、ずっと葛藤してきた」
坂角総本舗は、1889年に愛知県東海市で創業。家に持ち帰って焼いて食べるエビの「生せんべい」の販売からスタートしました。1966年には、人と人とを結ぶ贈り物になってほしいと名付けられた「ゆかり」が誕生。高度経済成長期の勢いに乗り、風味豊かなエビせんべいは、開通していた新幹線で全国各地へと広まります。
その「ゆかり」の人気を支えていたのは、エビの身だけをすりつぶして生地に入れ焼き上げたその味。ゆかり1枚を作るのに天然のエビ7匹を使用することが、老舗のこだわりでした。
一方で頭を痛めていたのが製造過程で出る大量のエビの殻で、ゴミとして処理するのはもったいないと長年利用法を探っていました。
坂社長:
「当時エビの研究をして、エビの殻には良い成分があることまではわかっていた」
エビの殻には良い成分があると信じて没頭した再利用の研究。狙いは、せんべい以外の主力商品を作ることでした。「ゆかり」で稼いだお金をもとに、老舗のプライドをかけ完成したのは、エビの殻から抽出した「キチン」という成分を使った健康食品でした。しかし…。
坂社長:
「生産方法やお金のかけ方、かなり生産コストがかかったものですから、あえなく撃沈してしまった」
残念ながら商品は売れませんでした。その後、研究事業は大幅に縮小され、エビの殻のことは話題にものぼらなくなりました。
■エビの殻を「ゆかり」の箱の紙の原料に混ぜるも…生臭くなり失敗
黄金缶のヒットで「ゆかり」の増産が続くにつれて捨てられるエビの殻も増加。そして、2012年頃には遂に一日10トンを超えてしまいました。
さらに、環境保護への関心が高まり始めていたこともあり、エビの殻を再利用するための研究事業が再び立ち上げられました。
坂角総本舗の担当者:
「当時はSDGsのような言葉はまだなかったが、捨てること自体がもったいないのと、処分コストもかなりかかっていました。あとは、天然のエビ殻なので価値としては十分にあるのではないかと」
エビの殻そのものを使った製品の開発を続けました。その中で、試作品にまでたどり着いたのが“ゆかりを入れる紙の箱”。エビの殻を箱の紙の原料に混ぜたのです。しかし…。
坂角総本舗の別の担当者:
「エビの殻の繊維質を再利用して紙に添加することで、より強度が高くなるんじゃないかと試したが、結局生臭くなって…」
実験はあえなく失敗に終わり、実用化には至りませんでした。
■ベンチャー企業と2年がかりで開発…エビの殻の成分を使ったハンドクリーム
そこで再び浮上したのが、過去の研究データが残っていたエビの殻の成分「キチン」でした。エビやカニの甲羅、昆虫やキノコにも含まれているキチンは、抗菌性や保湿性などに優れた素材として、医療や食品など幅広い分野での利用が期待されています。
ただ、成分をうまく取り出すことが難しく、坂角総本舗にはその技術がありません。そのときに出会ったのが、ある展示会で目にした、カニの殻から採ったキチンを使った「カニダノミ ハンドケア ハンドクリーム」(3080円)でした。
商品化に成功していたのは、鳥取大学工学部で環境に負荷をかけない素材の研究を続ける伊福伸介(いふくしんすけ)教授が率いる最先端のベンチャー企業「マリンナノファイバー」。
伊福教授:
「未利用資源を有効活用したいという点では共通していますので、ぜひ協力したいと」
強力なパートナーを得た坂角総本舗は、エビの殻から無事にキチンを取り出し、気になる甲殻アレルギーの原因物質もほとんど除去することに成功。開発から2年がかりでハンドクリーム「EBIKARA MIRAI」は完成。坂角総本舗の130年余りの歴史の中で、初めて食品以外の商品ができあがりました。
伊福教授:
「エビの殻由来のキチンナノファイバーの有効活用が進むことによって、(エビの産地の)東南アジア地域に新産業ができて貧困問題が解決するとか、SDGsにかかわる目標の達成に貢献していければ」
坂角総本舗の坂社長:
「これからは環境に配慮しない企業は支持されなくなる。新しい時代の生存戦略という意味では、しっかり取り組んでいかないと。記念すべき第1弾ですから、すぐに第2弾、第3弾とすでに着手しています」
名古屋土産の老舗の生き残りをかけた挑戦は、まだ始まったばかりです。