議論進む侮辱罪の厳罰化…池袋事故の遺族「誹謗中傷しない教育する社会を」SNSの“言葉の凶器”被害減らす活動
2019年に起きた東京池袋暴走事故の遺族をSNSで侮辱したとして、2022年4月に愛知県の22歳の男性が書類送検されました。SNSで誹謗中傷が相次ぐ問題を受け、国会では今「侮辱罪」の厳罰化について議論が進められています。池袋の事故で最愛の家族を失くした上に、SNSで心無い言葉を浴びせられた遺族の男性は、「凶器となる言葉」の被害者を減らすために活動をしています。
■事故の遺族に届いた誹謗中傷メッセージ…侮辱容疑で22歳の男性を書類送検
2019年4月19日、東京の池袋で高齢男性が運転した車が暴走した事故…。
松永拓也さん:
「あちらから自転車に乗って渡っているとき、渡り切る直前にはねられて(妻と娘が)亡くなりました」
【画像20枚で見る】池袋暴走事故の遺族「交通事故と中傷似てる」侮辱罪の厳罰化の流れ“言葉の凶器”なくなるか
松永拓也さん(35)は、この横断歩道で妻の真菜さん(当時31)と当時3歳の娘の莉子ちゃんを失いまいした。
松永さん:
「(2人は)僕の全てでした。2人がいるから毎日が幸せで楽しくて、僕にとって当たり前の日常の中に欠かせない2人だった…」
現在松永さんは、関東の交通犯罪遺族の会の副代表を務め、事故を無くすためSNSなどを通じ活動しています。そんな松永さんに、2022年3月に届いたメッセージ。
<SNSに書き込まれた投稿>
「金や反響目当てで、闘っているようにしか見えません」
「お荷モツの子どもも居なくなったから乗り換えも楽でしょうに」
松永さん:
「私のことだけでなく、2人を侮辱するような、私の2人への敬愛の念を損なうようなことを言われて、本当に驚いて、辛くて。これが誹謗中傷の現実なんだと。“お荷物”が一番引っかかりました。お荷物な訳がない、莉子(娘)が生まれたときに、真菜(妻)と本当に喜んだし、一生かけて2人を守ろうと決めたし、私にとっては何にも代えがたい2人だった」
松永さんは最愛の2人を傷つけられ、警視庁に被害届を提出。そして4月28日、警視庁は松永さんを侮辱した疑いで、愛知県の22歳の男性を書類送検。男性は容疑を認めているといいます。
松永さん:
「法律では亡くなった人は、人権は無くなってしまう。だから彼女たち(妻と娘)に対しての侮辱罪は恐らく適用されないと思います。でも、法律を超えた道徳として、それ(誹謗中傷)はやってはいけない」
■ネット上にあふれる誹謗中傷の数々…“刑罰が軽い”との機運高まり「侮辱罪」の厳罰化の流れに
インターネット上にあふれる誹謗中傷の数々。2021年11月には、中日ドラゴンズの福敬登(ふくひろと)投手が声をあげました。
福敬登投手(2021年11月会見):
「『死ね』『殺す』人格否定は、『がんばれよ』と後で足したとしても、言ってはいけないこと」
登板し失点した際などにSNS上に誹謗中傷が投稿され、家族への殺害予告にまでエスカレート。その後、殺害予告を投稿した神奈川県に住む40代の男性が「侮辱容疑」で書類送検されました。
福投手:
「簡単に世に自分の意見を発信できるツール(SNS)ってめちゃくちゃ便利だと思うので、そこに甘えているのでは。指で人を殺せる時代になっているので…」
そんな中、国会では「侮辱罪」の厳罰化をめぐり動きが。これまで「拘留(30日未満)または1万円未満の科料」だった侮辱罪の法定刑に、「1年以下の懲役・禁錮または30万円以下の罰金」を科すことも可能にする刑法の改正案が審議されています。
その大きなきっかけとなったのは、プロレスラー木村花さん(当時22歳)の痛ましい出来事。テレビ番組への出演を巡り、SNS上で「性格悪い」「生きている価値あるのか」などと誹謗中傷を受け、2020年5月に自ら命を絶ちました。
警視庁は、木村花さんを中傷したとして男性2人を書類送検。しかし、科されたのは“わずか9000円”だけでした。“刑罰が軽い”と社会の機運も高まり、「侮辱罪」厳罰化の流れとなりました。
■「自分の意見を言っただけ」…“加害者”に共通するのは、「誹謗中傷をした」意識のなさ
DVに虐待、自殺など…。東京のNPO法人「あなたのいばしょ」では、様々な悩みを抱える人から24時間体制でチャット形式での相談を受け付けていて、1日に1000件以上の相談が寄せられます。
中でも2020年に木村花さんが自殺したことをきっかけに、誹謗中傷をした“加害者”からの相談が増えたといいます。
<誹謗中傷をした“加害者”から寄せられた相談>
「誹謗中傷にならないよう自分の意見をいったつもりだったけど」
「感想を書いただけのつもり」
「感想」であり、あくまで「意見」。加害者に共通するのは、「誹謗中傷」をしたという意識のなさでした。
「あなたのいばしょ」の理事長:
「『言ってあげなければいけない』とか、『もっとこうした方がいいんじゃないか』とか、『アドバイスをしたんだ』とか…。それが相手を追い詰めてしまったのではないかと反省している人は多かった。面と向かって言う攻撃的な言葉も、インターネットの中の攻撃的な言葉は、その言葉の持つ影響力は全く等しい」
こうした加害者への厳罰化の効果については…。
同・理事長:
「一定の抑止効果はあると思いますが、法律を作っても誹謗中傷がなくなることは絶対にありません。もちろん厳罰化の議論は重要でやってしかるべきだと思いますが、同時にSNS空間の中でゆがんだ正義感を振りかざし、想像力が欠如した言動を繰り返すのはおかしいと、ダメだと教育で教えていかなければならない」
■「交通事故と誹謗中傷は似ている」…使い方を間違えれば人を殺せてしまう
池袋暴走事故で妻子を無くした松永さんは、悲しみの中で事故を無くすメッセージを発信する中で、何度も中傷にさらされてきたといいます。
松永さん(2022年4月の木村花さんの母との対談):
「誹謗中傷を受けて苦しみを知った以上は、どうにかこういったことが起きないような社会の一助になりたい」
その経験から、誹謗中傷の被害を防止する取り組みも始めています。
松永さん:
「交通事故と誹謗中傷問題ってすごく似ている。まず、知らない同士がぶつかり合う。そして、車もネットも非常に便利で、素晴らしい技術。けれど、使い方を間違えれば人を殺せてしまう。この経験は、他の人にはして欲しくない」
“刑罰が軽い”との社会の機運が高まり「侮辱罪」の厳罰化の流れになってきています。
松永さん:
「身体的な損害に対する刑罰は、ある程度整備されている。ただ、ネットが出てきて、昔の侮辱罪と意味合いが変わってきていると思う。公然と簡単に人を侮辱できるようになってしまった。インターネット社会になった今、法律が追いついていない。今回の侮辱罪の厳罰化も、その(誹謗中傷を止める)一助になると思います」
■表現の自由を尊重しながら他者を傷つけない…「厳罰化」と「教育」の両輪で誹謗中傷の無い社会を
侮辱罪の厳罰化については、表現や言論の自由が損なわれると危惧する声も上がっています。
松永さん:
「表現の自由は当然大切。ただ、だからと言って人を傷つけていいという免罪符には絶対にならないはず。表現の自由を尊重しながらも、他者を傷つけない仕組みづくりは両立できると思います。人を傷つけずに、自分の意見を世の中に言える社会は実現可能じゃないかと」
言葉は凶器にもなる…。松永さんは「厳罰化」だけでなく、インターネットを使う上で子供にも大人にも「教育」が必要と指摘します。
松永さん:
「厳罰化と教育の両輪でやっていくことが大事。誹謗中傷をしてしまう子供や大人にならないよう教育をする社会をつくることが大事」
SNSに親しむ若い人たちに、伝えたいことは…。
松永さん:
「インターネット時代になって本当にボタン一つで人に意見を伝えることができるのは素晴らしいけど、その書いた一言で人を傷つけてしまう、もしくは人の命を奪ってしまうかもしれない。画面の向こうには、自分と同じ心を持った人間がいることを忘れないでいてほしい」
無くならない“誹謗中傷”行為…。SNSでの何気ない一言が、時には相手を追い詰めてしまうことをしっかりと認識することが必要です。