大手旅行会社を“希望退職”も「あ、ヤバ…」再就職難に直面した50代男性が“居場所作り”で心掛けたこと
40代・50代を対象にした「希望退職」の募集が、大手企業を中心に増えている。しかし、退職後の新境地に希望を抱いて手を挙げた人たちも、退職から1年以内の再就職は50代前半ではわずか4.2%というのが現実だ。新天地で生き生きと働くためにはなにが必要なのか、「50代の転職」を取材した。
■旅行業界歴30年のキャリアを武器に観光協会に転職した53歳の新人
岐阜県瑞浪市の観光名所、落差16メートルを誇る「竜吟(りゅうぎん)の滝」。
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カメラを手に滝を訪れたのは、瑞浪市観光協会の稲垣昌克さん(いながきまさかつ・53)さんだ。
稲垣さん:
「(写真を撮りながら)滝のマイナスイオン感じながら、ヨガをやってみるのも面白いんじゃないか。SNSで発信できると、それでまたバズる可能性もある」
一緒に来た同僚の男性に、ポーズの指示を出していた。
稲垣さん:
「『新しい観光地があります』みないなことを謳って商品化したいわけです。地元の方は当たり前に知っているところがあるんですけど、それが観光の目玉になる場合もあるので。そういうところを、旅行会社さんに『こういうところがあります』と提案していくのが僕らの仕事と」
ハキハキと狙いを語るが、実は2022年4月に“再”就職したばかりの「新人」だ。
この日は今後の観光戦略のため、東京のコンサルティング会社らと人気スポットを視察していた。観光の売りといえば、当然、グルメも…。
コンサルティング会社の社長:
「美味しいに決まっていますよね。(地元の)外から人が来たら、ぜひ食べてほしい一品って感じしますよね」
瑞浪市商工課の女性職員:
「(稲垣さんには)新しい目で新しい風を入れていただいて…」
稲垣さん:
「もう責任重大ですよ」
寄せられる期待、それもそのはず。実は稲垣さんは、旅行業界30年の大ベテラン。現在の肩書も、新人ながら「事務局長」だ。
稲垣さん:
「まだまだ鼻垂れ小僧なんで…。新たなスタート切ったばかりなので」
■新型コロナで激増した「希望退職者」 50代前半で再就職できる人は僅か
大学を卒業後、大手旅行会社「近畿日本ツーリスト」に入社した稲垣さん。修学旅行の添乗員に、ツアーの企画や提案まで、「帰り際のお客さんの笑顔」を何よりのやりがいに、現場一筋、文字通り全国を飛び回った。
就職から30年がたった2020年、近畿日本ツーリストはグループで従業員を3分の2まで減らすと打ち出し、「希望退職」を募集。背景にあったのは、新型コロナによる旅行業界の不振だった。
稲垣さん:
「それだけ厳しいんだなっていう風なことも思いましたね。経験は積んでる、知識は持ってる、でもそれにあぐらをかいちゃうと、求められなくなる時代になってきているのかな…」
上場企業が募集した希望退職者数は、リーマン・ショック後の2009年、そして新型コロナが感染拡大した2020年以降に激増。
大きな要因はいずれも業績悪化だが、それだけではない。2021年に希望退職を実施した企業の半数近くは、「黒字の企業」が実施している。さらに、主な対象は「45歳以上」といった中高年だ。
なぜ“脂ののった”従業員を削減するのか?シニア層の転職などをサポートする専門家は、「グローバルな環境で生き残るため」と指摘する。
スギチェードロ社長の杉本信一さん:
「日本の経済もだんだんと、今までのように右肩上がりでは全くなくなってきた。新しい発想がどんどん出てきた中で、経営陣も新しく会社も新陳代謝をよくやっていかないといけない」
生き残りをかけてデジタル化や若返りを推進し希望退職を募集する企業と、まだまだ働き盛りの50代。しかし、厚生労働省によると、退職から1年以内の再就職は50代前半ではわずか4.2%。現実は厳しいものとなっている。
杉本さん:
「例えば営業のすごくできる方で、営業部長で色んなところのコネクションを持っているとか、例えば財務経理に強いとか。(企業は)専門的なものを持っている人を欲しがる」
■「エースと同じことをしても勝てない」…評価された過去の経験
旅行会社の仕事は「やり切った」という思いがあった稲垣さんは2021年、希望退職者の募集に手を挙げた稲垣さん。
稲垣さん:
「ちょうどたまたま、岐阜県で大河ドラマ館の運営をやれるタイミングになったものですから。やれるなら、(大河ドラマ館の運営を)やってみたいと思っていたんですよ。旅行会社でやりたいこと、全部できたかなって。頑張ったな、やれたなという感じですね。やりきった感はあったと思いますね」
稲垣さん:
「(妻は)決断は尊重してくれたような感じ。別にそれで、家族会議開くようなこともなかったです。『決めたことなら』ということで」
実は、ドラマ館の閉館後、ある団体に再就職する予定だったが、突然白紙に。例外なく「再就職難」に直面した。
稲垣さん:
「あ、ヤバって感じですね。最初のうちは気楽に考えていました、もうちょっと。書類審査で終わりますよね、面接までいかないですよね。190社くらい受けたっていう方もみえますね。でも、これが現実なんだなっていうのはわかってきます。もしあの時に戻るのであれば、『行く場所が決まってから辞めたほうがいいよ』って耳元にささやくと思いますけどね」
そんな中、偶然見つけたのが自宅からほど近い瑞浪市による観光協会の事務局長の募集。そして退職から約1年、40代も含む11人の転職希望者の中から、見事内定を勝ち取った。
評価されたのは、稲垣さんが働いた大河ドラマ館での実績。そこには、稲垣さんの仕事に対する信念があった。
稲垣さん:
「例えば、(職場に)エースがいて、エースと同じ事やっていても勝てないじゃないですか。結局、自分の居場所を作るしかないんですよね。会社であったり、どこで自分の居場所を見つけるかっていうのは、自分で考えるしかないので。その会社の中で何を求められるのか。そこを見つけて、その場所に自分で飛び込んでみるとか。前職の時の大河ドラマ館でも、自分でこういう関連の仕事をやってみたいというのでやり始めたことなので。そこである程度経験も積んできたので、それが今ここにもつながっています」
■チャレンジは常に…居場所を作る心掛けていることは「昔話」「自慢話」をしない
この日、稲垣さんが訪ねたのは、全国から注文が殺到する人気のクラフトビールの醸造所。現在、瑞浪市の「ご当地ビール」の開発を計画している。
カマドブリュワリーの社長:
「東濃のものを発信しようということで、『竜吟の滝IPA』とか、そういうビールも作りたいなと」
コンサルティング会社の社長:
「あそこで飲みたいですね。クラフトビール通じて、この辺りを知ってもらえると面白いですね」
稲垣さん:
「それで(瑞浪を)回遊してもらえるようになれば」
ご当地ビールをフックに観光客を呼び込む狙いだが、課題もあった。
カマドブリュワリーの社長:
「いかんせん(醸造所を)3人でやっているので…。宿泊の手配ですとか、足ですね。二次交通、バスとかを手配できないので、そのあたりはお力をお借りできたらと思っています」
稲垣さん:
「総合旅行業取扱管理者というのがあって…。旅行管理者登録しないといけないんですね」
ツアーの企画や販売に必要な国家資格「旅行業務取扱管理者」。稲垣さんはこれを取得していた。
稲垣さん:
「さっきのカマド(ブリュワリー)さんとかがツアー作りたいってなったとき、どこかの旅行会社に頼まないといけないじゃないですか。ここ(観光協会)なら、そこの委託料金がいらない。可能性はいろいろ広がってくる」
若いころから「居場所」を作るために重ねた努力が、新天地でも早速生かされていたが、同時に気をつけていることもあるという。
稲垣さん:
「ゼロからのスタートなので、過去の実績は関係ないので。過去のことは過去のこと。気をつけなければいけないのは、昔話をしない、自慢話をしない、これでしょうね。いくつになってもチャレンするしかないので」
6月18日、名古屋市中区栄で観光地のPRイベントが開かれた。
稲垣さん:
「(パンフレットを渡しながら)はい、瑞浪市です」
この日も現場で汗を流す稲垣さん。偶然、前の職場の後輩と2年ぶりに再会した。
前の職場の後輩:
「50歳過ぎて、これ(希望退職)は本当に勇気がいると思います。イキイキしているってのが、どんなに素晴らしいことか」
稲垣さん:
「まだ折り返し地点だと思っています。実際、この仕事はどこまでやれるかわからないですけど、50年でほぼ人生折り返して、あと自分が勤められるだけ勤めさせてもらって、少しでも瑞浪の知名度が上がればということを心がけてやっていきたいなと思っています」