「蓬莱軒(ほうらいけん)」は名古屋めしの代表格「ひつまぶし」の発祥の店だ。連日大勢の客が訪れる熱田区の店では、暑い厨房で、職人たちが老舗のこだわりを込めてうなぎを焼いている。

■明治6年創業 ひつまぶし発祥の店が使うのは「新仔(しんこ)のうなぎ」

 名古屋市熱田区、国道247号線沿いに店を構える「あつた蓬莱軒(ほうらいけん)」。

【動画で見る】「1人目も最後の客も同じ笑顔で」…ひつまぶし発祥の店『蓬莱軒』のこだわり コロナで“秘伝のタレ”に危機も

創業は明治6年(1873年)。なごやめしの代表ともいえる「ひつまぶし」発祥の店として、全国でその名を知られている。

店で使っているうなぎは、三河一色産の「新仔(しんこ)のうなぎ」だ。

1年も経たないうちに大きくなった若いうなぎのことで、皮が柔らかく身がふっくら仕上がっていて、脂ののりもくどくなく適度でちょうどいいという。

■焼の決め手は職人の“勘” この道35年の総料理長

「串打ち3年、裂き8年、焼き一生」ともいわれるうなぎ。この日は、9年目の職人が「裂き」を担当。慣れた手つきでさばいていた。

裂いたら、次は「串打ち」。固くて薄いうなぎの身、その真ん中に正確に串を通すのには技術が必要で、見栄えの良さとスピードの両方が求められる。

仕込みが終わり、いよいよ「焼き」へ。蓬莱軒では、火力が強く煙が出にくい備長炭を使用している。焼き場を担当するのは、この道36年、総料理長の武藤俊吾(むとうしゅんご)さん。武藤さんを含め、店では数人しかこの焼き場に立つことはできない。

総料理長の武藤俊吾さん:
「備長炭は火が弱くならないように、強火の遠火でやらないと、うなぎがパリッと仕上がりませんので、火の位置に非常に気を付けております。炎が上がってきたっていうのが、だんだん火が通ってきた合図なんです。ですから、それを見ながら感覚で返していく」

基本をしっかり押さえつつ、最後は感覚。長年の修業で身につけた“勘”を頼りに、最高の状態に仕上げていく。皮はカリっと香ばしく、身はふんわりジューシーに…。

武藤さん:
「炭で焼いたうなぎの香ばしさ、炭の香りと一緒にタレの中に入れるので、うなぎの焼き方がうなぎのタレの味を作ると言っても過言ではないと思います」

創業から140年、継ぎ足し使ってきた自慢のタレにくぐらせたら、再び炭の上に。うなぎの焼ける香ばしい香りが立ち込める中、焼き場の温度は55度にも達する。

武藤さん:
「ここの室温は50度から55度ぐらいになります。暑いは暑いですけど、それほど暑さは感じないですね」

長年焼き場に立ち続けることにより、体が慣れるという武藤さん。この高温のなか、実は汗一つかいていない。

うなぎが焼きあがったところで、自らの舌で確かめる。

武藤さん:
「うまい。少しでも変なうなぎは出したくないですから」

細かくカットし、お櫃に敷き詰めれば、明治時代から続く「あつた蓬莱軒」の看板メニュー「ひつまぶし」(4400円)の完成。

そのままはもちろん、薬味や出汁で食べる「ひつまぶし」。どの食べ方でも絶品だ。

■全国からやってくる蓬莱軒のファン…1人目も200人目も同じ味を提供したい

 午前11時。開店の30分前だが、店の前にはその味を求める約40人が列を作っていた。

開店と同時に、厨房は一気に忙しくなる。13人いる職人が、それぞれの持ち場でテキパキと作業をこなし、無駄な動きは一切ない。

武藤さんがうなぎを焼き始めた。細かく串を動かし、焼き具合を見極めながら秘伝のタレへ。うなぎが焼きあがると手早くカットし、アツアツのまま客のもとへと運ばれる。

男性客:
「神戸から来ました。前に来ておいしかったんです」

女性客:
「今日は東京から来ました。ひつまぶしがおいしいと聞いて、調べて来ました」

別の女性客:
「いろんな食べ方もあるし。お出汁で食べるのと、薬味だけで食べるのだったんですけど、薬味の方が好きだったので、最後の一杯は薬味だけにしました」

暑さの中、さらに暑い厨房に立ち続ける武藤さん。「焼きは一生」。集中力を途切れさせることなく、全てのうなぎを最高の状態に仕上げるべく全力を注ぐ。

武藤さん:
「オープンして1人目の時も、最後の200人目の方も、同じように笑顔で帰ってもらえるようにと思ってやっています」

■コロナの影響は「秘伝のタレ」にも…うなぎを焼き続けるために考案した取り寄せメニューも

 午後になっても、お客さんの波が途切れることのない蓬莱軒。しかし、コロナの2年間はこれまでにない変化にさらされたという。

武藤さん:
「コロナになる前は外国の方が本当に多かったんですよ。コロナになってパタッと来なくなって」

緊急事態宣言中は休業も余儀なくされ、“秘伝のタレ”にも影響があった。

武藤さん:
「タレも生きているので、うなぎの串が鉄でできていますので、鉄の熱で入れるとジュッていうんですね。それによって低温殺菌の効果で…。焼いてつけていかないと腐ってしまうんです」

店の命でもあるタレの味を落とすわけにはいかない。そこで考案したのが、取り寄せ専用の「鰻ちまき(お取り寄せ限定)」(5個 3750円)。

これで休業中もうなぎを焼き続けることができたという。

■コロナ禍で外国人客が減り苦境に 改めて感じた地元ファンの大切さ

 苦境を支えてくれたのが東海地方の客の存在だった。

武藤さん:
「三重県や岐阜県の車のナンバーを見ると、地元の方に愛されるという事がいかに大事かがよくわかりました」

改めて感じた地元ファンの大切さ。

スタッフ:
「今日はどちらからいらっしゃいました?」

女性客:
「(名古屋市)金山です。いろいろ行って何軒か回って、ここがおいしいかなってことで最終的にたどり着いた」

男性客:
「(名古屋市)守山区です。今日は妻の誕生日でうなぎを食べに来ました」

男性客の妻:
「特別な日は蓬莱軒がいいかなと思って」

別の女性客:
「岐阜からです。今日は誕生日なので贅沢しようと思いまして」

特別な日は、蓬莱軒のうなぎで…。

いつの時代にもそう思ってもらえるよう、老舗の名に胡坐をかくことなく地域の人たちに愛される店でありたいと、武藤さんは話す。

武藤さん:
「おじいちゃんおばあちゃんを連れて、奥さんお父さん、そしてお孫さんで来た人なんかを見ると、ずっと3代で来てくれているんだと思うと、余計にきっちりした仕事をしなあかんなというのは、最近つくづく思います。何かって考えたらやっぱり、日々の仕事をちゃんとすることかなと、手を抜かないことかなと、毎日のことをちゃんとやろうと、それだけは守ってやっています。おいしいものを提供して、皆さんに喜んで帰ってもらえる、愛されるお店にしたいです」

 あつた蓬莱軒では昼夜とも予約は取っていない。朝10時ごろから並び始めて11時15分ごろに整理券配布。そこで来店時間を指定される。お店へ入ってからは、それほど待たずに食べることができる。