戦後77年の2022年、ロシアによるウクライナ侵攻が始まった。日本に暮らすロシア人女性は、ロシアに暮らす友人や父母が受け取っている情報と、自分が受け取っている情報とのあまりの違いにショックを受けている。戦時下における情報統制を取材した。

■軍事力の誇らさを伝えようと友人から届く画像…日本在住のロシア人から見た母国の今

 来日して23年目、ロシア国籍のクカルキナ・ヴァレンティナさん(47)。岐阜市で日本人の夫と2人の子供と暮らしている。

【画像で見る】戦時下飛び交う情報と真実… いつの時代も翻弄される市民

ヴァレンティナさんの故郷はロシアのベルゴロド。侵攻で甚大な被害が出たウクライナ北東部の都市・ハルキウまで、わずか40キロという近さだ。

ヴァレンティナさん:
「ちょうど40キロなんです。昔のソビエトの頃、子供の頃、私たちハルキウまで本当に買い物行ったり」

そのふるさとのベルドロゴで撮影された、ずらりと並んだ戦車の映像。侵攻が始まる5日前、40年来の地元の友人から送られてきた。

ヴァレンティナさん:
「これは、心配して送ってくるわけじゃないんですよね。これ見せて自慢してる。それが私にはすごく不思議だった。危ないっていう気持ちじゃなくて、自慢してるの。わかる?これだけ(軍事力が)あるって」

ロシアの軍事力の誇らしさを伝えようとする友人。その後も、ウクライナ侵攻を支持するシンボルとして使われているアルファベットの「Z」を人文字で描いた写真などが送られてきた。

ヴァレンティナさん:
「私たち頑張ってるからって、私、それ見た瞬間『は?』って思った。もう終わり、通じなくなったよ。私の40年付き合っていた友達。若い時の青春は本当に、失ったというか奪われた、戦争に。本当に」

大切に培ってきた、40年来の友情は崩れ去った。

■専門家「思惑通りに世論が形成されず…」 情報統制を強化するプーチン大統領の焦り

 侵攻で浮き彫りになった考え方の違い。それはロシア国内でも…。国営テレビでは、職員の女性が「戦争反対」のメッセージを掲げ、生放送中に乱入する事態もあった。防衛省防衛研究所の専門家は、背景にロシアの国家的な「情報統制」があると指摘する。

防衛省防衛研究所の長谷川雄之さん:
「かつてプーチン政権でも少し自由な、ある程度政権に批判的なことをいうメディアもあったんですけれども、侵攻後、様々な法律が改正されて自由な言論活動というのが全くできない。国営テレビというのは重要な役割を果たすようになってきたんですけど、今のロシア、特にウクライナ侵攻後においては、特に国民はプロパガンダにさらされている」

プーチン大統領は侵攻開始から約1週間後、軍に関する「虚偽情報」を広めた者を最大15年の禁錮刑を科す法案に署名。インターネットも規制して、一部の海外メディアやSNSへのアクセスも遮断し、情報統制を強化した。

ウクライナのブチャで大量の民間人の遺体が見つかった際には、ウクライナ政府は“ロシア軍による大量虐殺”と発表したが、ロシア政府は“ウクライナの自作自演”と徹底して主張した。

交錯する思惑と真実。こうした動きには、プーチン政権の“焦り”が見え隠れすると言う。

長谷川さん:
「今の段階でロシアというのは国家総動員の体制をとっていないんですよね。ということは逆に言いますと、政権側の思惑通りにロシア世論が形成されているのではないのかなという風に思います。必要以上にプロパガンダを流して、ロシア市民から特別軍事作戦に対する支持を取り付けなければならない、そういった焦りというのもあるのかもしれません」

■真珠湾攻撃時には日本でも“プロパガンダ”…自ら情報収集した男性「言ったら警察に引っ張られて…」

 戦時下における国の情報統制は、かつての日本でもあった。長い太平洋戦争の始まりとなった、1941年12月8日の真珠湾攻撃。

愛知県・一宮市出身の宇津木冨美子(うつきふみこ・91)さんは、この時11歳だった。

宇津木冨美子さん:
「ラジオでね、真珠湾攻撃、そこからはじまって…。ほとんど日本の戦果という、良い事ばかりが多くて、だから私たちも気持ちが高揚していて、お国のために頑張らなければって。今みたいに、スマホで当時その日のことがわかるわけでもないので」

当時信じていた、大本営発表。それは戦意高揚のための、事実に即さない政治目的の「プロパガンダ」だった。

夫の好吉(こうきち・95)さんは、海軍にいた親戚から聞く話と、大本営発表や報道との違いに違和感を覚え、自ら情報収集に動いた。

好吉さん:
「短波のラジオがあったんですわ。短波というのはアメリカのあれ(ラジオ)が聞けますわね。今度はどこへアメリカ兵が爆弾を落とすとか、そういうことが大体言う言葉でわかったわけですね。そんなこと人に言えませんもん。言ったら『あれ(私)が言った』ということで警察に引っ張られて、あの当時だったら酷い仕打ちをされただろうと思います」

当時、禁止されていた短波ラジオで、アメリカ側の空襲の予告を聞いて危険を避けていたと言う。力ずくで歪められていた真実…。文字通り、命がけの情報収集だった。

好吉さん:
「もう、みんな日本の空母はやられてまって沈んでまっとるじゃないかと、何を証拠にそんな嘘を言うんやと、国民をバカにしとると、私たちはそう思ってましたね」

■情報統制はウクライナでも…ジャーナリスト「祖国を守るためには規制も必要」

 国による情報の規制は、侵攻を受けているウクライナでも行われているという。首都・キーウで活動していたウクライナ人のジャーナリスト、セルフィ・シェフチェンコさん(62)。

シェフチェンコさん(日本語訳):
「侵攻から1週間はキーウにそのまま住み続けたのですが、空襲警報が鳴り続け、ミサイルやその破片がどこに飛ぶかわからないため、仕方がなく1週間後にはウクライナを出ることにしました」

2022年7月、広島市など全国各地で現地の状況を講演した。

 侵攻が始まって以降、海外メディアの取材を積極的に受け入れてきたウクライナだが、一方で戒厳令により、軍の配備や国家の安全にかかわる一部の情報については報道が制限されている。

シェフチェンコさん(日本語訳):
「ウクライナ政府は、ロシア政府による情報をできるだけウクライナに浸透させないよう遮断するなどし、とても気を使っています。国内では、例えば『これを書け、あれを書くな』とは言われません。ただし明らかにおかしな報道があれば、そのテレビ局などは閉鎖されます」

シェフチェンコさんによると、戒厳令に違反して報道や取材活動が禁止された例はまだない。

シェフチェンコさん(日本語訳):
「たとえば、戦時下ではない平和な日々のなかで規制されていたら、私はジャーナリストとしてそれはやりすぎじゃないかと思うかもしれません。あるジャーナリストの言葉に『自分の国の戦争ではとても中立ではいられない』というものがあります。私は、自分を“真実を守るための兵士”だと思っています。私は100%真実を伝えていると信じています」

報道の自由は重要だが、ウクライナを守るための規制は必要だと言う。

■「思わず『すみません、ロシア人です』って言う」…翻弄されるのはいつも一般市民

 2人の子供と岐阜市に住む、ロシア国籍のヴァレンティナさん。長女のまりあちゃんに戦争についての自分の話をどう思っているか聞きました。
ヴァレンティナさん:
「どう?ママの戦争の話は」

ヴァレンティナさんの長女・まりあちゃん(12):
「よく話してると、毎回怒っているというか…。よく(ロシアにいる)おばあちゃんも怒るし、お母さんも怒るから、戦争とかいうことがなかったら喧嘩っていうこともないし…」

故郷のロシアに暮らす母の情報源は、主に国営テレビ。ウクライナ侵攻が始まって以降、電話でも喧嘩が絶えなくなったという。

ヴァレンティナさん:
「人間として戦争止めるって当たり前だと思うけど、でも私たちの友達とかは自分の国を正しくロシアを守っていると思っているから。『あなたどこから来ました』って(聞かれると)、『ロシアです』って今までプライド持って…プライドというか簡単に言えていたものが、最近ここ半年で『何人ですか』って聞かれると、思わず『すみませんロシア人』って言うんだよ、思わずね。子供も全くロシア行ったことないけど、連れていきたいとか、もうたぶん無理だし。だから、戦争って本当に怖い、恐ろしい。変わる、何もかも…」

戦時下で飛び交う情報と真実。翻弄されるのはいつの時代も一般の市民だ。