2022年7月、国交省の有識者会議がローカル鉄道の深刻な赤字の状況を受け、存続か廃線かを協議する新たなルールを提言した。この地方のローカル線はどうなるのか?

■三重県の山間部を走る「名松線」の町にある“ユニークホテル”

 JR名松線が走る、三重県津市の美杉(みすぎ)地域。松阪市と名張市の間の、山々に囲まれたのどかな地域だ。

【動画で見る】税金で存続する路線も…「不便を前提に考える」ローカル鉄道 “観光資源”に活路

この町にある、ホテル「美杉リゾート」。

広々とした浴室内に置かれた、樽のようなデザインの浴槽。注がれるのは、温泉に…驚くことに黒ビールだ。

一風変わったこのビール風呂を仕掛けたのは、社長の中川雄貴(なかがわ・ゆうき 38)さん。

美杉リゾート社長の中川雄貴さん:
「ここ(浴槽のすぐ脇)にビールサーバーが設置されています。ここから一定間隔で生のクラフトビールが注がれてくる。ビールがまず炭酸を含んでいるということと、ホップに抗菌要素がありますので、お肌にはいいんじゃないかなと思っています。お客さま大変好評で、国内外問わず、すごく面白いと言っていただける」

クラフトビールを敷地内の工場で作るなど、ホテルとしては珍しい取り組みをしているが、その狙いは集客だけではない。

中川さん:
「名松線を活性化させようという協議会も2つほど存在していますし、私も属していますし、もちろん。(名松線は)資源としても見直されてきているという部分はあるかなと」

■過疎化による利用者の減少と度重なる被災で廃線の危機も

 当初、「名張」と「松阪」を結ぶ計画だったことから、頭文字を取り名づけられた「名松線」。1935年に、現在と同じ松阪から伊勢奥津までの43.5キロの区間が開通した。

以来、地域住民の欠かせない足として愛されてきたが、自家用車の普及や過疎化など、時代とともに利用者が減少。

また、たびたび災害の被害にも遭った。2009年には、台風18号による土砂崩れや地盤の陥没などで、家城駅から伊勢奥津駅までの区間が不通に。

土砂崩れなどの災害が発生しやすいため、JR東海がこの区間の運行をバスに替えたいと提案し、廃線の危機にも直面した。

JR東海の中村満専務:
「関係自治体等、あるいはご利用になっているお客様のご理解得るためのご提案を、これからしていこうと」

沿線地域の住民らが立ち上がり、約11万人分の署名を集めて存続を求めた。その後、県と津市が工事費用のうち約12億円を負担するなどし、6年半ほどが経った2016年、全面復旧した。

 しかし、それもつかの間…。2022年7月、ローカル鉄道の在り方を議論する国交省の有識者会議が、赤字路線の存続と廃止についての提言を示した。鉄道の輸送効率を表す、「輸送密度」=「1キロメートル当たりの1日の平均利用者数」が1000人未満の線区について、存続か廃線か協議の対象とするというものだった。

名松線の2021年度の輸送密度は195人。JR東海の中で、唯一1000人未満の路線だった。

JR東海の金子社長(会見・8月4日):
「廃線であるとか、バス転換ということを予定している線区はございません。名松線については、台風18号の影響で被災しまして、その時どうしようということで地元と協議をして、復旧して、そういう経緯があるので当面は運行をしていこうと考えております」

■「名松線は地域の宝」 観光資源としての利用で解決策を探る

「名松線を守る会」の会長、岸野隆夫(きしの・たかお 69)さんは、これまでの歴史が存続につながったことに、胸をなでおろした。

名松線を守る会会長の岸野隆夫さん:
「いいなと思いますよ。まずその話を聞いたときに、名松線は大丈夫かなという思いはありました。ひとまずは安心しています」

現在、守る会の会員は美杉地域を中心に3300人あまりいて、沿線の景観整備やイベントによる利用促進に取り組んでいる。

2022年7月のアマゴのつかみ取りには、家族連れなど約100人が2時間に1本の名松線に乗って参加してくれた。

岸野さん:
「不便を前提に考えていかないと…。公共福祉という面からずっと存続もさせて欲しいと思っていますし、地域の活性化も踏まえながら、歓待の精神で少しでも乗車者数が増えていくような取り組みをしていきたいなと思っています」

 名松線から繋がる観光資源を…。美杉リゾートの中川さんも、取り組みの幅を広げている。

中川さん:
「観光業に身を置くものとして、田舎の良さを知っていただく旅の導入部分としてはすごくいいものだと思っていますので、ぜひとも利用してもらいたい」

2019年から、美杉地域の宿泊施設や農家などと協力し、「田舎ならでは」の体験型のイベントや宿泊プランをプロデュース。新型コロナにも負けず、宿泊客は3年で3倍以上になり、名松線で来る人も増えてきた。

中川さん:
「僕は地域の宝だと思っていますので(名松線は)美杉の魅力、資源の一つやと。日常利用だけを見たら、名松線だけじゃなくて採算合っていない路線ばっかりだと思うんですけど、また別の観点をもって考えていただきたいと思いますね」

■毎年2億5000万円の税金で存続する路線に重なる出費

 愛知県の三河湾をバックに走る、赤い電車。風光明媚な路線は、名鉄西尾・蒲郡線だ(西尾~蒲郡 27.3キロ)。

1929年に開業し、かつては愛知こどもの国などのレジャー施設に、潮干狩りなどで賑わった。しかし、観光業の衰退などで利用者は激減。2020年までの10年は、毎年7億円以上の赤字が続いている(2020年度・輸送密度2227人)。

蒲郡市役所の担当者:
「現時点では蒲郡市からは、(毎年)約1億円の支出をしているところです。税金にはなりますけど、存続していく必要がある路線ではありますので、無くなった時を考えると、またそれはそれで別の対策が必要になってきたりしますので、(路線が)あることによって抑えられている費用等もあるのかなと感じております」

2010年以降は、西尾市と蒲郡市が毎年合わせて2億5000万円の支援金を支払うことで、2025年度までの存続が決まっている。しかし、予期せぬ費用もかかる。築73年になる西浦駅の木造駅舎だ。

蒲郡市役所の担当者:
「ご覧の通りすごく味のある駅なんですけども、老朽化が進んでいまして、非常に惜しいところではありますけど安全面等がありまして、解体するということが名鉄さんの方で決まりました。市としても、待合所が必要だと思っていますので、市の方で待合所を整備させていただきます」

2022年の秋に取り壊されるが、新たな駅舎の建設予定はないため、蒲郡市が約3300万円をかけて待合所を建てることになった。

税金で存続する路線…。

■「毎日乗れることをずっと夢見ていた」…大学で“あるべき姿”模索する道を選んだ学生も

 地元の蒲郡市からこの路線で名古屋の大学に通う、朝比奈航希(あさひな・こうき 19)さん。現在、沿線住民のグループに参加し、市などに利用促進の提案もしている。

朝比奈航希さん
「すごくここ、好きなんですよ。ちょうど今なんかも、雲がこういう感じで出て、夕焼けの時は本当に毎日違う感じだし、毎日乗っていても飽きなかったです。通学のために毎朝、毎晩、電車に乗れることを小さいころからずっと夢を見ていました」

幼いころから西尾・蒲郡線に乗って育った朝比奈さん。受けた影響は、自身の将来にも及んでいた。

朝比奈さん:
「大学では、蒲郡のあるべき交通の姿とか研究したいなと思っていて。街づくりというか、そういうのに関わる学科に、この蒲郡線のことを考えながらそれを選んだので、それが実現できたらいいなと思っています」

利用者の減少や赤字、沿線住民の支えと思い、ローカル鉄道の進む先は…。