三重県津市に、全国から依頼が殺到する家電修理職人がいる。密着取材すると、「修理の神様」に託される品々には、さまざまな人間模様が詰まっていた。

■30年以上の前に発売されたカセットデッキも音をとり戻す…三重の山奥の「修理の神様」

 奈良県との県境にある三重県津市美杉町(みすぎちょう)。

【動画で見る】中学卒業から家電修理し約50年…神様の終わらぬ挑戦「壊れた物を直したい」

山に囲まれたこの場所にある「今井電子サービス」は、“修理の神様”と呼ばれる今井和美(いまい・かずみ 63)さんの作業場だ。

今井和美さん:
「(客の)半分ぐらいは山の中に行ってしまって来られなくって、半分ぐらいが到着するんです」

この日も、250キロ以上離れた静岡県から修理依頼が舞い込んだ。

今井さん:
「高級そうなやつだな、10万円以上したんじゃないかな。バブリーの頃のやつだな」

運び込まれたのは、1990年に発売されたソニーのカセットデッキ「TC-K333ESL」。テープを入れる蓋が開かず、再生ボタンを押しても動かない。

今井さん:
「(修理依頼の)4割ぐらいはオーディオ機器かもね。カセットデッキ、オープンリールデッキ、アンプ、CDデッキ…」

早速、慣れた手つきで分解していくと…。

今井さん:
「(ふたを)開くための、モーターのベルトがない。ちぎれてしまったんだろうね、きっとね。あと、スイッチ類の接触不良。接触しても電気が流れない」

切れていたベルトの交換や、部品の洗浄などを施すと…。

今井さん:
「テープ入れて…閉まりますね。鳴るかどうか…」

(♪山口百恵「ひと夏の経験」の音楽が流れる)

今井さん:
「直りましたね、ハハハハ」

■遊びの延長が今では家電修理が“大切なもの”に

 家電修理を始めたのは小学3年生の頃。

今井さん:
「電気をいろいろ触るのが好きで、最初は例えば(近所の人から)アイロンが壊れたと、(修理して)お菓子もらえたからよかったぐらいかもな」

遊びの延長で、経験を重ねていった。

今井さん:
「好奇心があるしね…。『まずはあの子に聞いて、直らなかったら“さら”(新品)を買おう』ということになるよな。(修理が)できると次が来るよな。次が来たら、今度はメインになるかもわからんよな」

中学卒業から、気づけば約50年。

家電修理の仕事は、今井さんの“大切なもの”になっていた。

■古くて部品がない家電は部品を作って直す…「修理の神様」たる所以

自動車修理業者の男性:
「メーターなんやけど、難しいやつを頼みにきたんや。スピードメーターの針が落ちてしまうんですよ。よそでは『無理』みたいな」

今井さん:
「調べてみるけれども」

自動車修理業者の男性:
「(今井さんは)最後の砦やんな、ほんとに。これが近くて助かっている」

別の自動車修理業者の男性:
「もう神様や」

「修理の神様」。そう今井さんが呼ばれるワケ。

今井さん:
「デスクトップコンピューターの基盤だけれども、普通の修理屋さんはこれ(基盤ごと)全部変えちゃうから」

複雑な基盤が使われていることも多い、電化製品。通常は「基盤そのもの」を取り換えて修理するため、古い製品は基盤の製造が終わっていて直すことができない。

しかし、今井さんは不具合がある部分だけをピンポイントで修理。部品をイチから作ることもあるという。

<留守番電話の声>
「はい、今井電子です。ただいま修理依頼が1000件を超えたので受付を停止しています」

今井さん:
「1000件はまぁ、モノのたとえみたいなもので、1000件なんてあっという間に超えるんだよ」

秋田県や長野県…。“修理の神様”のもとには、全国から依頼が殺到する。

■「直ったら自分もお客さんもうれしい」…修理の神様の飽くなき挑戦

今井さん:
「なんかえらい古めかしいもんだ。35年前の結婚記念に求めた時計だって」

依頼主は茨城県に住む女性。

<女性からの手紙>
東日本大震災の際、重さのせいも有り斜めに傾き、時計屋さんも「修理はできない」と…

思い出を刻み続けたカラクリ時計。拡大鏡を使って点検すると、モーターのベルトが切れたことが原因とわかった。

今井さん:
「カセットデッキによく使われているベルトです。色んな種類を作って持っているんです」

修理の多い、カセットデッキ用に特注したベルトを代用。

今井さん:
「お、動いた動いた。よし、カラクリは直ったな。ほっとする」

思い出のからくり時計は、再び時を刻み始めた。しかし今井さんは、ひとつ気になることがあった。

今井さん(依頼者と電話):
「首から上が…顔がどっかいってないんだけども、そこらへんにないですか?そんでないと、首なし人形が降りてくることになるから」

4体ある人形のうち、1体の「顔」が見当たらない。さすがの今井さんもお手上げかと思いきや…。

今井さん:
「なかったら、あの人形の顔作ってみてもいいけどな。なかった場合は作ろう!よし、これをなんとかしよう!」

まさかの人形作りに初挑戦だ。

100均で買ってきた、お湯で柔らかくなる粘土を使い、別の人形から型を取る。

型に接着剤を流し込み、紫外線を当てて固めると…。

今井さん:
「いいんじゃない、人形だったらこれでいいんじゃない?」

形は仕上がったが、透明な顔でほかの人形とは不釣り合い。そこで…。

今井さん:
「金箔を貼ろうかなと…。初挑戦が多いんだ、私の修理には」

「修理の神様」の初挑戦。

今井さん:
「出来具合的にはちょっとしわしわ。まぁ首がないよりはマシだろう…というふうな出来栄えだね」

依頼者は喜んでくれるのか?茨城県水戸市。依頼者の服部幸子さんのもとを訪ねた。

服部さん:
「いろんな時計屋さんを巡りまして、それとおもちゃを修復するからというところにも伺ったんですが、『無理』だということで…。でも処分するにもできない気持ちがいっぱいあったもので。それからとにかく子供ができなかったんですね」

結婚記念日にこの時計を購入。

それからすぐ、子宝に恵まれた。

東日本大震災で動かなくなってから11年。大切な思い出が、再び動き始めた。

服部さん:
「嬉しいです、ピッタリです。ええ、感謝感謝」

今井さん:
「直ったら自分もうれしいですし、お客さんもうれしい」

今井さん:
「思い出はあんまり興味はないです。機械の壊れているのに対して興味があるだけで…。でも、結局はお客さんが直してほしいという望みと、私の望みはちょうど適合はしているんですね。次々次々と新しいものが出てきたら、それを直していきたい。挑戦していきたい」