東海地方では広く浸透している「大晦日にすき焼き」を食べる文化は、県外ではあまりなじみがないという。なぜこの地方で、こうした文化が根付いているのかを取材した。

■東海地方の「大晦日の定番」はすき焼き…精肉店もすき焼きの肉ばかりに

 まずは、名古屋市中区栄で大晦日に食べるものを聞いてみた。

【動画で見る】年越しそばと並ぶほど浸透…他県の人も驚くナゴヤの大晦日は『すき焼き』定番化の理由は?

リポーター:
「大晦日の晩によく食べるお料理ってなんですか?」

女性:
「大晦日の晩…、年越しそばを早めに食べちゃいます」

別の女性:
「年越しそば」

また別の女性:
「年越しそば?」

定番は「年越しそば」だが…。

年越しそばと同じくらい食べるとして挙がったのが…。

女性:
「すき焼きですかね」

男性:
「すき焼きですね」

別の女性:
「すき焼き…」

支持を集めたのが、すき焼きだ。

女性:
「大晦日はすき焼き食べて、お正月はお寿司を食べるっていうのが…。(大晦日は)すき焼き以外食べたことないと思う」

この女性も、大晦日は家族ですき焼きが定番だというが、なぜすき焼きなのか?を聞いてみた。

女性:
「えー何で…何でだろう?」

理由はわからないが、食べているという。

別の女性は…。

女性:
「お肉がみんな好きだから、みんなで囲めるもの、『鍋=すき焼き』みたいな」

見事な方程式だ。58人に聞いて、すき焼きと答えた人は19人。結構な数の方が食べていることがわかる。

実際どれくらい食べられているのか、名古屋市中区の精肉店で、売れ行きなどを聞いてみた。

「宮田精肉店」の店員:
「とにかく…外にまで並ぶくらいですね」

行列ができるほど人気で、しかも…。

精肉店の店員:
「ケースのほとんどが、すき焼き用の肉になりますね」

ショーケースの肉がほぼ「すき焼き用」になっていた。

■大晦日になぜ「すき焼き」なのか…専門家が教えてくれた“語呂合わせ”

 では、他の地域ではどうなのか。名古屋城で、他県からの観光客に大晦日に食べるものを聞いてみた。

福岡県から来た男性:
「年越しそばかな、やっぱり。去年はえび天を入れました。でも特に決まってはいないと思いますね」

神奈川県から来た女性:
「いくら丼とか」

埼玉県から来た女性:
「しゃぶしゃぶとかですかね、白だしの」

静岡県から来た男性:
「静岡の伊東なので、お刺身とかは並びます」

名古屋と同じく、年越しそばが一番多いところは同じだが、すき焼きと答えた人はゼロだった。この地方ではすき焼きを食べることを伝えると…。

千葉県から来た女性:
「え~そうなんですか。それは豪華で、さすが(徳川)宗春さんの名古屋は違います(笑)」

他県の人には意外なようだ。

兵庫県から来た男性:
「へぇ~、何でなんですか?何ですき焼きなんですか?知らないんですか?」

逆に理由を聞かれてしまったが、確かになぜ大晦日にすき焼きなのか。

この地方の食文化に詳しい、名古屋女子大学の遠山佳治(とおやま・よしはる)教授に聞いてみた。

名古屋女子大学の遠山佳治教授:
「鶏肉のすき焼きがもともとこの地方に根付いていて、それが現在は社会の変化もありまして牛肉の(すき焼き)に圧倒されているのかなという風に考えています」

先生によれば、もともとこの辺りでは大晦日に鶏のすき焼きを食べることが多かったため、その名残ですき焼きを食べる人が多いのではないかという。

しかし、なぜ大晦日に鶏のすき焼きなのか。

遠山教授:
「鶏のすき焼きのことを、名古屋では“ひきずり”と言います。災難などを新年にひきずらないという意味を込めて、食べられていたのではないかと思います」

鶏肉を鍋の上でひきずるようにして食べることから『ひきずり』と呼ばれた名古屋のすき焼き。

その名前から、災いをひきずらないという願いを込めて大晦日に食べたのではないかという。

■他県の人「うどんじゃないですか?」…岐阜市民にはおなじみの具材「角麩」とは

 この地方で大晦日に食べられるすき焼きだが、岐阜県には他の地域では知られていない独特な具材がある。

その具材を他県の人に見てもらった。

他県の男性:
「知りません。(見るのは)初めて」

別の他県の男性:
「うどんじゃないですか?」

また別の他県の男性:
「はんぺんにも見えるし、麺にも見えるような…」

他県の人の多くが、見たことも食べたこともないという食材。「角麩(かくふ)」という。

馴染みのある焼き麩はグルテンと小麦粉を合わせて焼いたものだが、角麩はグルテン、小麦粉、もち米粉を合わせて茹でたものだ。

この角麩は、実は東海地方だけで食べられているという。また特に好まれている地域というのが、岐阜市。市内で話を聞いてみた。

女性:
「入れるよ。柔らかくて煮物でもよく染みるんだわね、煮たときに中まで。柔らかくて私は好きだけど」

男性:
「入れます」

リポーター:
「どのあたりが好きとかありますか?」

男性:
「全くそういうのはないです。そのものに別に味があるわけではないから」

角麩それ自体には味はないが、味が染み込みやすいのが特徴で、すき焼きをはじめ鍋物によく使われる。原材料は少し異なるが「ちくわぶ」の食感に似ている。

女性:
「もちもちしてて美味しいので、お肉とよく合うので絶対に入れます。(すき焼きに)なくてはならない」

リポーター:
「角麩の入っていないすき焼きは?」

女性:
「それは…牛丼みたいになっちゃいますよね」

聞き込みの結果、一度でも入れたことがあると答えた人が約7割。

岐阜市では、すき焼きに角麩が常識のようだ。

■江戸時代創業の麩の専門店で聞いた岐阜市民が「角麩」を入れるワケ

 しかし、なぜ岐阜市では角麩が入れられているのか。向かったのは創業天保7年(1836年)の「麩兵(ふひょう)」。

江戸時代に創業したという麩の専門店だ。

リポーター:
「角麩は大晦日あたりが売れますか?」

麩兵の6代目店主:
「秋から冬が、うちは繁忙期になりますので、年末はお買い求めいただいております」

なぜ岐阜市で角麩がよく食べられるのかについて聞くと…。

店主:
「もともと麩を作るには、たくさんのお水が必要になるわけですよ。ですからこの長良川周辺とか、木曽川周辺の水に困らない地域、特に岐阜の西濃地域や尾張地域で作られていまして、この辺ではすき焼きに(角麩を)入れる方が多いと」

角麩づくりには、おいしい水が欠かせない。このあたりでは木曽三川のある西濃地区や岐阜地区、尾張地区で古くからよく作られていたという。そのため、岐阜では今でも食べる習慣がある人が多いという。

木曽三川から遠い飛騨や三河ではすき焼きに角麩に入れることはあまりないそうだ。

また店主は、焼き麩と違い保存しにくいため、角麩の文化は遠くまで広がらなかったのではとも話してくれた。

店主:
「昔から食されていた食材になりますので、おじいちゃんおばあちゃんからお父さんお母さん、そしてお子さんお孫さんと、食べ方も受け継がれていくのかなと、その一つの使い方として、すき焼きがあるのかと思います」