死傷事件の教訓はどこへ…名古屋刑務所 受刑者への“暴行の闇” なぜ発覚遅れた?元受刑者が語る“特殊な環境”
2022年12月9日、名古屋刑務所で刑務官による、受刑者への暴行があったことが発表された。名古屋刑務所では20年前にも同様の事件があり、法改正につながった。なぜ、再び暴行は起きたのか。元受刑者や元刑務官などに取材し、その“闇”に迫った。
■元受刑者も驚く「本当にこんなことあったのかな…」 名古屋刑務所で22人の刑務官が受刑者に暴行
大型トラックに乗り込む男性。かつて犯罪に手を染めた、元受刑者だ。
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2022年の5月、2年の刑期を終え、愛知県みよし市にある名古屋刑務所を出所。現在は、愛知県内の運送会社で運転手として働いている。
元受刑者の男性(51):
「やっぱり(刑務所に)務めていると色々ありますよ、本当に色々あります。今回2年でしたけど、色々ありましたよ、本当に」
「色々あった」、そう語る男性だが、公表された名古屋刑務所での問題については、「信じられない」と話す。
元受刑者の男性(51):
「(記事に)書いてある内容も、本当にこんなことがあったのかな、というのが第一印象ですね。まず、信じられなかったですね」
斎藤健法務大臣(会見):
「改善更生に向けて尽力すべき立場にある刑務官が、このような行為に及んでいたことは断じて許されず、極めて遺憾」
12月9日、斎藤法務大臣は、2021年11月から2022年8月までに、名古屋刑務所で刑務官による受刑者への暴行などがあったと発表。
サンダルで尻を叩く、アルコールスプレーを顔にかける、顔や手を叩くなど、40代から60代の3人の受刑者に対し、独居房で1対1になった際に繰り返していたという。
関わった刑務官は22人。いずれも受刑者の生活全般の指導・監督などを担当していた。
斎藤法務大臣(会見):
「受刑者らが、職員の指示に従わず大声を発し、要求を繰り返すなどしていたことなどをきっかけに、このような行為に及んだなどと聞いております。あれだけの大きな事件起こしておきながら、なぜ今回このようなこととなったか。私自身、正直理解できない」
指摘するのは、約20年前に名古屋刑務所で相次いだ事件だ。
■「監獄法」が約100年ぶりに改正…約20年前に相次いだ暴行事件では死者も
2001年、男性受刑者が刑務官から消防用のホースで下半身に放水を受けて死亡。
翌2002年には、男性受刑者2人が腹を「革手錠付きのベルト」で締めつけられ、1人が死亡、1人が重傷を負った。
名古屋刑務所の会見(2003年3月):
「亡くなられた被害者はもちろん、ご遺族・国民の皆様に深くお詫び申しあげます」
一連の事件で、刑務官8人が特別公務員暴行陵虐致死傷の罪などで起訴。
その後、無罪となった1人を除く7人に、執行猶予付きの有罪判決が確定した。
これを機に、明治時代からの「監獄法」がおよそ100年ぶりに改正。刑務所の運営をチェックするための、弁護士や医師らでつくる第三者委員会の設置などが定められた。
■専門家「氷山の一角ではないか」…専門家が問題視する“9月の報告書”
しかし…。
NPO法人「監獄人権センター」代表の海渡雄一(かいど・ゆういち)弁護士:
「二度と起きないようにするために監獄法が改正というものが行われて、その中で当然、刑務官に対するきちんとした研修をすることとか、外部の有識者、弁護士や医師などの視察委員会を作るとか、実効性のある不服申し立て制度を作るとか。色んな改革をしたはずなんですけど、それが十分機能していなかった」
受刑者の支援活動を行うNPO法人「監獄人権センター」の代表・海渡雄一(かいど・ゆういち)弁護士が特に問題視する点が、法務省が2022年9月に公表した報告書にある。
報告書によれば、視察委員会は2022年3月「職員の言動や応対などに対する不満が相当数みられた」と、名古屋刑務所側に意見。これに対し、刑務所側は「職員の不当な言動や対応はなかった」と回答。
しかし、今回発表された暴行などの期間は、2021年11月から問題が発覚した2022年8月までだった。
斎藤法務大臣(会見):
「貴重な意見をいただきながらも、施設運営に適切に反映できていなかったと言わざるを得ない。誠に遺憾である」
12月13日、こう発言した斎藤法務大臣。センターには2003年以降、刑務官の暴言・暴行に関する受刑者からの相談の手紙が400通以上届いているという。
海渡弁護士:
「きちんと調査すれば、少なくとも3月の段階で明らかにできたはず。名古屋刑務所側の問題に気付いたのが8月だというのは、ウソだと思います。22人もの人が3人の受刑者に対して(暴行を)繰り返していたと言っていますけど、僕はこれは氷山の一角ではないかと思います」
2022年5月に名古屋刑務所を出所した、元受刑者の男性(51)。
暴行や視察委員会の意見があった期間は、他の受刑者らと「雑居房」で生活していた。
元受刑者の男性(51):
「人のことはあんまり干渉しないというか、みんな。そんな感じで生活しているので。あったとしても聞かないですね、『なにがあったの』とか。関わりたくないし、自分には関係ないことなので」
記者:
「隣の様子とかは…?」
元受刑者の男性(51):
「隣はさっぱりわからないです。物音ひとつ聞こえないので、わからないです、全然」
施設の構造、それに受刑者同士の独特な関係性。男性は、刑務官による暴行ついて、2年の刑期の中で「聞いたことがなかった」という。
元受刑者の男性(51):
「もし(暴行が)あったら、もっと上の刑務官の幹部が注意すると思うんですけどね、そのやった若い人に。普通に生活していたら、何の問題も起きないんですけどね。この刑務官気に食わんなと思ったら、口で吹っ掛ける人もおるし、態度で吹っ掛ける人もおるし」
記者:
「それに刑務官が怒り出すことは?」
元受刑者の男性(51):
「ああいうところで刑務官に逆らっても、何の意味もないですもんね。我慢するしかないですよね、ああいう所では」
記者:
「いるにはいるという感じなんですね」
元受刑者の男性(51):
「はい」
■手を出すように挑発してくるケースも 刑務官の研修がリモートになったことが諸悪の根源と専門家
刑務所という隔絶された施設と、繰り返された暴行…。その原因について、元刑務官でノンフィクション作家の坂本敏夫(さかもと・としお)さんは、「刑務官の研修」の方法が変わったことを指摘する。
作家の坂本敏夫さん:
「最も大事な初等科研修がリモートということを聞いて、びっくりですね。研修で肝心なことを教え込まれていないということなんで、私はこのリモート研修が諸悪の根源ではないかと思います」
新人の刑務官が、教官や受刑者らと直接対面しながら、対応の仕方などを学ぶ初等科研修。
この他にも幹部を対象とした研修などもあるが、法務省によると新型コロナの影響で2020年以降、そのほとんどがリモート形式に変わった。
今回、暴行などをした刑務官22人は、いずれも20代から30代。そのうち16人が採用から3年未満の若手だった。
坂本さんは、刑務所内の特殊な事情から、若手刑務官とって研修は最も重要なことの一つだと話す。
坂本さん:
「特に若い時は、受刑者の方がはるかに年も上だし、刑務所慣れもしていますし、『若い看守をおちょくってやろう』みたいなことから始まって、馬鹿にしたり、そういう経験はありますね、私も。手を出すように挑発してくるケースは十分考えられますね」
20年前の事件を機に改正された法律は、受刑者の処遇の原則をこう定めている。
刑事収容施設法 第三十条
「改善更生の意欲の喚起、及び社会生活に適応する能力の育成を図る」
ジャーナリストの大谷昭宏さんは、研修のリモート化について「そもそもアルコールスプレーを顔にかけたり、スリッパで殴ったりすることがいけないことだということを、わかっていない人間を最初から採用すべきではない」と指摘。その上で、企業に対して公正取引委員会があるように、刑務所だけでなく、警察、拘置所、入管など、収容機関全体を見る「監察制度」が必要だとしている。
2022年12月16日放送