藤井聡太五冠が活躍し、注目が広がっている「将棋」の世界。しかし、実は現役のプロ棋士は全員が男性だ。女性には女流棋士という枠組みがあるが、なぜ将棋は男性ばかりなのか。それを読み解くヒントが「囲碁」にあった。

■「囲碁界では男女拮抗…」プロ棋士編入試験に不合格となった里見女流五冠

 2022年10月13日に行われた、里見香奈(さとみ・かな)女流五冠のプロ棋士編入試験。

【画像で見る】現役プロ棋士は“全員男性”…女性活躍の高いハードル 読み解くヒントが『囲碁』にあった

棋士になったばかりの若手5人が試験官となり、3勝すればプロになれるが、結果は3連敗で不合格。初の女性棋士の誕生とはならなかった。

里見香奈女流五冠:
「今の自分の実力だと思うので、また勉強して頑張りたいと思います」

将棋界のプロ棋士は、本来男女の区別はないものの、現役の棋士171人はすべて男性。女性には「女流棋士」という別の枠が設けられている。

里見女流五冠は試験への挑戦を決めた際、「囲碁の世界」について触れていた。

里見女流五冠:
「お隣の囲碁界では男女関係なく拮抗している印象を受けますので、そういったことも私自身の刺激となっております」

将棋と囲碁は同じ頭脳スポーツ。しかし、囲碁界で男女が拮抗しているというのはなぜか。

■師範「女子の方が恵まれている」公式戦で女性が男性同様活躍する囲碁界

 名古屋市東区の日本棋院中部総本部。

腕を磨くのは、囲碁のプロ養成機関に所属する「院生」と呼ばれる小中学生たちだ。

中部に10人いる院生のうち、4人が女性。

囲碁棋士・院生師範の奥村靖(おくむら・やすし)七段:
「(男女)対等なんですが、女子の方が恵まれています。囲碁の場合は女子だけの試合がいっぱいありまして、男性の試合も全部出られるんで、女子は」

囲碁は将棋と違い、男女が同じ土俵で戦える上、女性にはプロへの道がいくつか用意されている。

囲碁は、東京・大阪・名古屋にそれぞれ院生がいて、試験を勝ち抜くとプロになれる。さらに女性だけの棋士採用試験や師範の推薦でプロになる道もある。

奥村七段:
「仲邑菫三段も推薦の一つですよね、『英才』という。特別に作られたような枠です。肉体的な体力の方で(プロ試験を)勝ち抜けないので、将来この子は伸びるという確信をもって入れている形ですね」

囲碁界で2022年度にプロになったのは10人。女性は、女流の棋戦に加え通常の棋戦にも男女関係なく参加でき、実力を伸ばすことができる。

2022年9月、名古屋で行われた囲碁の三大棋戦・本因坊の最終予選決勝。

女流ではトップに立つ藤沢里菜(ふじさわ・りな)五段。

タイトル挑戦を決めるわずか8人のリーグ入りをかけて、中部の若手実力者・大竹優(おおたけ・ゆう)六段と対戦した。

藤沢五段は敗れたが、今の囲碁界は女性も公式戦で男性と同様に活躍している。

藤沢里菜五段:
「全体的には自分の力を出し切れたかなと思います」

一方、将棋の場合、養成機関の奨励会を経てプロになれるのは四段から。しかも半年の間に原則2人しかなれないという厳しい世界だ。

現在、奨励会に女性は2人しかいない。なぜ男性と同格の「プロ棋士」が誕生しないのか。

■専門家「女性は将棋より囲碁に向いているのかも」脳科学から見た男女差

 愛知県岡崎市の「生理学研究所」。

将棋アマチュア三段の棋力を持ち、囲碁も打つという脳科学者の柿木隆介(かきぎ・りゅうすけ)名誉教授。

脳の働きは個人差が大きいとしながらも、男女の脳には決定的な違いがあるという。

柿木隆介名誉教授:
「個人的な意見なんだけども、男性は1つのことに集中するのが得意なんですよ。女性はなにが得意かって言うと、右脳と左脳を結ぶ脳梁という橋みたいなものが男性よりはるかに大きいんです」

柿木名誉教授:
「つまり、右脳と左脳の情報の交換を女性の方がよくやっていて、脳全体を働かせる傾向があるんですね。将棋というのは一極集中、理詰めの作業なので」

柿木名誉教授:
「囲碁は広い盤面を使って、あっちこっちいろんなところを見ながら、しかも将来的な立体感覚を持って見ないといけない。(女性は)右脳左脳、両方使って幅広く考える。だから、女性は将棋よりも囲碁に向いているかもしれない」

また、将棋は厳しい制度に加え、周囲の環境も影響しているという。

柿木名誉教授:
「天才少女たちはたくさんいたんだけども、(奨励会は)あまりにも厳しい壁と。そこに女の子が1人、2人だけとかいうとね、精神的に参るよね。男の子もその子だけには負けたくないみたいなこともあるので」

■女性棋士誕生への注目や外圧 院生より「圧倒的に大変」な奨励会の中の女性

 未だハードルが高い将棋界での女性活躍。その苦労を近くで見てきた人がいる。囲碁棋士の西山静佳二段だ。

西山静佳二段の妹は、将棋の西山朋佳女流二冠だ。

かつてプロの一歩手前、奨励会の三段リーグで、藤井聡太五冠らとともに棋士を目指していた。

囲碁と将棋、姉妹でプロを目指していた時代を振り返ってもらうと…。

西山静佳二段:
「奨励会三段リーグは地獄と言われているくらいですので、見ていてキツそうだなと思っていましたね」

記者:
「ご自身が院生だったときと、奨励会にいらっしゃった西山(朋佳)さん、どちらが大変そうでしたか?」

西山二段:
「圧倒的に朋佳の方だと思いますね。私も長年くすぶっていたので、その時はしんどかったですけど、妹は注目されていた部分もあったと思うので、周りからの外圧じゃないですけどいろいろあったと思いますね」

妹の朋佳さんは結局、年齢制限を前に退会。現在は女流棋士として活躍している。

脳や体力の男女差、将棋の厳しすぎる制度に環境。里見女流五冠の棋士編入試験は、多くの壁を乗り越えたうえでの歴史的な挑戦だった。

里見女流五冠(編入試験後の会見):
「どういう状況でも、変わらず普段の力を発揮できないと、本当の強さじゃないのかなと思っています」

記者:
「今後挑戦する女流棋士の方にアドバイスやエールをお願いします」

里見女流五冠(編入試験後の会見):
「そういう方々が増えればうれしいという気持ちがあります。ただ自分の現状の力としては、力が及ばなかったということなので、また気持ちを新たに頑張っていけたらと思っています」