エスカレーターには、地域それぞれで暗黙のルールがある。歩いて利用する人用に、名古屋では右側を空け、大阪は逆で、東京は…というように、地域によって違うことから、時に危険だと思うこともないだろうか。名古屋市は、2023年10月から条例でエスカレーターに立ち止まって乗ることを義務化する方針だ。果たして浸透するのだろうか。

■空けられた右側は歩いて進んでいく人が大半…23年10月に“エスカレーター条例”施行する方針の名古屋

 名古屋市の金山総合駅にある、地下鉄とJR・名鉄のコンコースを結ぶエスカレーター。

【動画で見る】埼玉や福岡の事例で見る…エスカレーターには「立ち止まって乗る」名古屋市が義務化へ 成否のカギは

リポート:
「午前11時過ぎ、通勤通学のラッシュを過ぎた時間帯ということもあるからでしょうか、エスカレーターを見ていると、左側に立って右側を空けて利用される方が多いようです」

多くの人はエスカレーターを左側に立ち止まって利用していて、多少並んでも、右側は空けていた。

その右側を行く人は、エスカレーターを歩いて進んでいく。

名古屋市在住の女性(80代):
「いつも左側ですね、私は癖で。だって後ろから上がってくる方がみえるから」

一宮市在住の男性(40代)
「右側、歩いていますね。割と多いです」

「左側が止まる、右側が歩く」、この暗黙のルールに対し、名古屋市で“待った”をかける動きが起きた。

名古屋市消費生活課の課長:
「立ち止まってご利用いただくというところを、利用者の『義務』というかたちで規定させて頂きたい。これまでも市としては交通局の方で頑張って啓発して頂いたというところですけども、それだけではいけないんじゃないかということで…」

 市はエスカレーターを利用する際、左右の位置に関係なく「歩かず立ち止まる」ことを義務付ける条例を、2023年10月から施行する方針だ。

罰則はないが、政令指定都市では初めての試みとなる。

■エスカレーターでの事故は15年前の倍以上 半数以上は「乗り方に問題」

 背景にあるのは、多発するエスカレーターでの事故だ。

日本エレベーター協会によると、2019年末までの2年間に全国で起きた事故の件数は1550件で、15年前と比べ倍以上に増えている。

このうち“歩く”など、乗り方に問題があったと考えられるケースは805件と、半数以上だ。

名古屋市でも2021年度、市内の駅や商業施設のエスカレーターで転ぶなどして救急隊が出動した件数は133件あった。

名古屋市在住の女性(20代):
「何回かぶつかったことがあって、たまに荷物が落ちちゃったりするとドキッとします」

名古屋市在住の女性(80代):
「結構走ってね、ぱあっと乗られる方がみえるから、危険を感じたことがありますね」

地下鉄の駅では、これまでも立ち止まって2列に並んで利用するよう呼びかけてきた名古屋市。

実際の利用状況はどうなっているのか、金山総合駅で平日の午前11時前後の30分間、定点観測してみた。エスカレーター3基の利用者は788人。このうち、2割弱の127人が歩いて上り下りしていた。

呼びかけが守られているとは言えない状況だ。

■既に義務化の埼玉県は1年以上経ち「逆戻りも」

 エスカレーターを立ち止まって利用することが義務付けられている埼玉県にも取材に向かった。

「立ち止まろう」「義務化」と強調されたポスターが貼られる、埼玉県のJR大宮駅。

埼玉県では2021年10月、全国で初めて“エスカレーター立ち止まり条例”が施行された。

会社員の男性(60代):
「ここはだいぶ立ち止まって乗るようになりましたね。前は結構、駆け上がったり駆け下りたりが多かったんですけど」

女性(60代・高齢女性を介助):
「年齢がいってくると足腰が弱くなってくるので、今も手を繋いで転ばないようにってしているんですけど。高齢者にはとっても安心だなと思っている」

条例の効果を感じるという声が聞かれた。しかし施行から1年余りが経ち…。

リポート:
「急いでいるのでしょうか、歩いている人の姿もちらほらみられます」

男性(78):
「罰則がないからね。全然(効果を)感じない。もうちょっと厳罰にしたほうがいいよね」

女性(20代):
「(条例を)守らないといけないのかなと思いつつ、急いでいる人がいるのもわかるし、難しいと思います」

大宮駅内での定点観測調査によると、条例の施行前の2021年9月はエスカレーターを歩く人の割合が60.2%だったが、施行から3か月余りで38.1%と2割以上減少した。

しかし、施行から1年となった2022年9月末には、施行前と同程度に逆戻りしていた。

調査をした筑波大学の水野智美(みずの・ともみ)准教授は、理由を「慣れ」だと指摘する。

筑波大学生活支援学研究室の水野智美准教授:
「『慣れ』が生じてしまったということもあると思うんです。人々の意識が薄れてくると、どうしてもつい歩いてしまうというような方が増えてしまったのかな、元に戻ってしまったのかなと感じます。罰則のない状況で、啓発とか教育っていうところで補っていくしかないのかなと。ずっと続けていくということが必要になるのではないかなと思います」

カギは、粘り強い呼びかけだ。

■「当たり前」を改めて優しい街に…条例なくても変化を感じる福岡市 名古屋市は26年に成果見据える

百武桃香さん:
「前までは一列に並んだのが、こう二人ちゃんと二列になって並んでエスカレーター使われたりとかして…」

こう話すのは、福岡県福岡市に住む百武桃香(ひゃくたけ・ももか 24)さん。

病気の後遺症で左半身に麻痺があり、エスカレーターは右側に乗らないと手すりにつかまることができない。

しかし福岡も、歩く人のために右側を空けるのが暗黙のルールだった。

百武さん:
「思いっきりぶつかってこられたりとか、『邪魔だ!どいてくれ!急いでいるんだこっちは!』っていうようなことを言われたりすることはありました」

百武さんがこのところ実感しているのが、福岡市民の意識の変化だ。

<福岡市地下鉄の構内アナウンス>
「エスカレーター上の歩行は危険です。立ち止まって右側もご利用ください」

福岡市は条例こそないが、事故防止などのため2010年から“立ち止まり”を呼びかけていて、2021年の夏からは職員がプラカードを持ってアピールしたり、実際にエスカレーターの右側に立ち止まる見本を示したりして訴えを強化。

すると、徐々に右側に立ち止まって乗る人が増えたという。

百武さん:
「実際にこう変わってきているなっていうのは感じています。立ち止まる人が増えたなと。(文句も)ここ半年ぐらい、もうずっと言われてないかなと思います。自分の当たり前っていうのを一旦置いておいて、物事を考えたりしてもらえたら嬉しいな、自分の当たり前を押し付けないというのが」

「当たり前」と考えていたことを改めれば、街は優しく変わるのかもしれない。

2023年10月からの施行を目指す、名古屋市の “エスカレーター立ち止まり条例”。その成果を示す場を、3年後に見据えている。

名古屋市消費生活課の課長:
「2026年にアジア大会、アジアパラ大会ということで予定がされております。障害者の方も多く名古屋に来るだろうと。その時に名古屋が、きれいにエスカレーター乗っているという状況が知らせられれば、いらっしゃる方も混乱しないでしょうし、名古屋としても誇りを持てるのかなと」

利用者の安全を守る、誇りある街へ。罰則のない条例だけに、市民1人1人の意識が問われそうだ。

2022年11月25日放送