日本では毎年、多くの野犬が保護されている。野犬は警戒心が強く、懐きにくく、殺処分されることも多い。殺処分を1匹でも減らそうと取り組む三重県の団体を取材すると、野犬を取り巻く環境や課題が見えてきた。

■「3時間以上の留守番は禁止」 「必ず室内で飼う」…厳しい条件が伴う野犬の譲渡

 ケージに入った落ち着かない様子の犬たち。

【動画で見る】「殺処分される為に生まれた訳じゃない」野犬の保護から譲渡までの長い道のり “怖くて逃げたい”警戒心強く

2022年11月、三重県四日市市で犬の「譲渡会」が開かれた。新たな家族との出会いの場だ。

女性:
「この薄い色(の子犬)がいい」

生後2か月の、かわいらしい子犬に興味を示す親子。しかし、譲渡には条件がある。

譲渡会のスタッフ:
「子犬なので、1年間はあんまりお留守番させない」

女性:
「え、させない!じゃあダメじゃん」

譲渡会のスタッフ:
「長くても3時間以内。長時間のお留守番は、うちの団体は認めていない」

女性:
「そうなんや。気に入ってたんやけど、かわいかったので残念」

体調の変化にすぐに気づけるよう、3時間以上の留守番は禁止。他にも、必ず室内で飼うことなどの条件がある。

この子犬は譲渡とはならなかった。少し条件が厳しいようにも思えるが、理由はある。

「つむぎ」の代表・服部千賀子さん:
「野犬の子犬です。一般家庭でかわいがられて育った子とは全然違います。警戒心が強くて、怖くて逃げたいという気持ちがあるので、逃がさないようにその辺を徹底してもらって」

こう話すのは、譲渡会を主催した、四日市市のボランティアで作る動物愛護団体「つむぎ」の代表・服部千賀子(はっとり・ちかこ)さん。

会場にいた犬18匹のうち、15匹は元「野犬」だ。

■「明日、殺処分に送ります」 譲渡に不向きと殺処分する自治体も

「野犬」とは、主に人間に餌をもらうなどの依存がない、野生化した犬を指す。

環境省によると、2020年度に日本で保護された犬は2万7635匹。このうち5000匹余りは、所有者不明の生後1~2か月ほどの子犬だが、生まれたばかりで捨てられることは考えにくいことから、いずれも「野犬」とみられている。

10年前の半分以下になっているが、高い繁殖能力と人間の無責任な行動により、いまだ多くの地域に野犬が生息している。

 知多半島では、人間にも感染することがある寄生虫「エキノコックス」が検出された野犬が見つかっているほか、山口県では人が噛まれてケガをする事態も起きるなど、社会問題にもなっている。

服部さん:
「ボランティアをやり始めて、保健所に犬を引き取りに行った時に、野犬らしき子が入っていて、『どうなるんですか?』と聞いたら『明日、殺処分に送ります』って。あの子たちもわざわざ殺処分されるために生まれてきたわけではないので、みんなに愛されて生涯を全うして欲しい」

「殺処分を減らしたい」。その思いから10年前に「つむぎ」を立ち上げた服部さん。野犬は「怖い」「危険」といったイメージもあり、譲渡には不向きなため、殺処分する自治体も少なくなく、2020年からは野犬の引き取りも始めた。

しかし、保護から譲渡までの道のりは決して簡単なものではなかった。

■全身を震わせ怯える野犬…警戒心を解き「一緒に散歩ができる」譲渡までの長い道のり

 周囲に雑木林が広がる三重県某所で、服部さんが鈴を鳴らしながら車を走らせると、数匹の野犬が現れ、後をついて来た。

服部さん:
「これ(鈴)は野犬たちへの『ごはんだよ』という合図です」

この辺りには野犬が10匹ほどいるという。野犬を助ける活動の一つが、保健所と連携しての「保護」。この日訪れたのは、約1年かけてエサを与え続けた場所だ。

強制的に捕まえるのではなく、徐々に警戒心を解いていく。服部さんらが姿を消すと、檻の中に入ってエサを食べるまでになった。

服部さん:
「(つむぎの)メンバーが協力して、必ず誰かがどんな天気の時も来てくれています。今から食べ物なくなってくるので、これからが保護のし時。この子たちって本当に、人目に触れず生まれ育って人間の良さを知らないので、警戒するのは当たり前なんです」

 それから約1か月後の2022年12月、エサの確保が難しい本格的な冬を前に、保護を実行した。鈴の音に反応し、2匹の野犬が姿を見せた。1匹が檻に入ったところで、入口を網で塞ぐ。

服部さん:
「(檻の中で暴れる野犬に)よしよし、怖いな、怖いな。大丈夫、大丈夫」

全身を震わせ怯える、3歳ぐらいのオスの野犬。

誰もケガをすることなく、保護できた。

服部さん:
「今まで幸せになった野犬たちと同じように、一緒に散歩に行って触れ合って、新しい温かい家族のもとに送り出してあげたいです」

しかし、譲渡までにはまだ大きな課題がある。里親に譲渡するには、野犬が人に慣れ「一緒に散歩できること」が最低条件。そのためには、3か月から半年ほどの訓練が必要となり、専門家に預けた場合、1匹あたり15万円から50万円ほどかかるという。

今回は、大阪の訓練士からアドバイスをもらい、継続的な訓練は自宅で服部さんがすることにした。

■「設備や訓練できる人がいないのが問題」訓練が間に合わない状態だった岡山市が始めた“人馴れプロジェクト”

 この「野犬の訓練」に、官民一体で取り組む事例もある。岡山県岡山市は、2022年に保護した犬の約9割にあたる163匹が野犬だった。年間の野犬の保護数としては、三重県の約5倍以上だ。

岡山市保健所衛生課課長補佐の丸山稔さん:
「(野犬を受け入れた)ボランティア団体にかなり無理がかかっていて、(野犬が)何頭か亡くなってしまうということがあって、このプロジェクトを始めました」

その多さから、野犬の訓練が間に合わない状態だったため、3年前、岡山市は“人慣れプロジェクト”を始めた。動物園の使っていない植物用の温室を訓練所などとして借り、訓練士や世話係のボランティアも1人1人直接お願いして確保した。現在は保健所として、常時10匹ほどを訓練している。

丸山さん:
「他の自治体を見る限り、野犬を訓練する設備がない、訓練できる人もいないというのが一番の問題点だと思います。実際には(犬の)訓練をしている方々はおられるので、そういう人たちと繋がることができれば、野犬たちを救うことがきっとできると思います」

■「私たちの活動がなくなるのが一番」…野犬を守る女性の願い

 訓練を終え、三重県四日市市での譲渡会に臨む元・野犬たち。

譲渡会のスタッフ:
「すごいベタベタになります。ものすごい甘えん坊ちゃんです」

生後8か月の元・野犬に、多気町から来た山口さん一家が興味を示した。

譲渡会のスタッフ:
「譲渡条件は見てもらえましたか?このあと家庭訪問させていただきたいんです。お家の周りとかどんな感じか(確認したい)。脱走すると、捕まらない可能性が非常に高いので」

「つむぎ」では、飼育環境も家庭訪問で確認し、この犬は山口さん家族の一員となった。

里親の山口さん:
「男の子です。テツ君です」

「テツ」という名前をもらった。

山口さん:
「赤ちゃんがやってきたみたいな感じです。もう一度子育てさせてくれるな。幸せやなと思ってくれたらいいなと思う」

山口さんの家に来てまだ1週間だが、すっかり家族の一員に。

服部さん:
「野犬だからと怖がったりいじめたり、無責任のエサやりの人がおったりとか、これ以上かわいそうな子を増やさないようにしてほしいと訴えられたらと思います。最終的には、私たちの活動がなくなるのが一番だと思います」

2023年2月17日放送