イノシシは、最近では名古屋などの町中にも出没することがあり、「害獣」のイメージが強い。しかし、伝統的なジビエ料理に欠かせない存在でもある。イノシシの「日本三大産地」の一つである岐阜県郡上市では、「豚熱」が原因で数が激減し、猟師や飲食店を悩ませている。

■“豚熱”が野生のイノシシに感染し激減 人気のジビエ料理がピンチに

 2022年11月15日の“狩猟解禁日”。岐阜県郡上市の伝統「巻狩り猟」が始まった。

【動画で見る】“豚熱”で数が激減し仕留められず…イノシシの日本三大産地・岐阜県郡上市 伝統のジビエ料理が迎えた危機

狙う獲物は、イノシシだ。寒い冬の間の「シシ鍋」は、極上のジビエ料理として長年愛されてきた。

郡上市の郷土料理店「吉田屋 美濃錦」では、鮎なども出しているが、この地域でのイノシシの人気は別格だ。

「吉田屋 美濃錦」の店主:
「こちらで出しているシシに関しては、皆さんクセなく美味しく食べられるので、ジビエのことを知っているお客さん、興味のあるお客さまはよく注文をしていただく」

郡上は静岡の天城山、兵庫の丹波篠山と共にイノシシの“三大産地”として知られる。特に、冬限定の「シシ鍋」は、脂も乗ってクセも少ないとあって、遠方から食べにくる客も多いという。

「吉田屋 美濃錦」の店主:
「こちらのシシが美味しいというのもありますので、地元にこだわってお出しはしております」

しかし今、郡上の“イノシシ”はピンチとも言える状況だ。

20代の頃から半世紀近く郡上の山を走り続けてきた、ベテラン猟師の坪井富男(つぼい・とみお 73)さんは最近、ほとんどイノシシを仕留められていない。

坪井富男さん:
「(イノシシの)数も減りましたね。獲れる数が全然減っちゃった。4年前(2018年)ですか、豚熱、豚コレラともいいましたけど、イノシシが山でそれにかかって死んじゃうもんで」

原因は2018年に岐阜で発生した“豚熱(ぶたねつ)”だ。26年ぶりに国内で確認され、多くの豚が殺処分されるなどした。その豚熱が野生のイノシシにも感染、激減してしまった。

岐阜大学の池田敬特任准教授:
「2018年と2019年の個体数指標というのは、段階的に減少していました。特に、2019年の個体数指標というのは、3年で最も低いレベルにありまして…」

野生動物の生態に詳しい岐阜大学の池田敬特任准教授らが、郡上市など岐阜県北部の山中にカメラを設置して観測した結果、2019年にはイノシシの数が前の年の約4分の1にまで減少したことがわかっている。

池田特任准教授:
「郡上市で2019年の4月に豚熱が発生していますので、その影響によって個体数が減少しているということが考えられます。豚熱の拡散を防ぐために捕獲も実施しておりますので、その豚熱と捕獲の両方の影響によって、個体数が減少したと考えられます」

■加工と販売に新たな壁 …県が作った厳しい“ジビエ利用マニュアル”

 豚熱と、感染拡大を防ぐための捕獲で減ったイノシシは、シシ肉の処理についても“問題”が起きていた。

坪井さん:
「僕としては今のところは、猪は取り扱わないという方針です。今年(2022年)はやらないことにしました」

ジビエの処理場も営んでいる猟師の坪井さんだが、2022年はイノシシが獲れても出荷は行わないという。理由は県が作った「ジビエ利用マニュアル」にあった。

坪井さん:
「シカが今たくさん入りますから、一緒に扱うことができなくなってしまうということで。厳しいですね、あれは」

4年ぶりに出荷再開が認められたイノシシの肉だが、加工・販売するには、このマニュアルに定められた条件をクリアしなければならない。

しかし、防護服の着用や運搬車両・イノシシ肉専用の冷蔵庫などが必要となり、ほとんどの施設は対応できないと坪井さんはいう。

坪井さん:
「あれをクリアしようと思ったら、簡単には行かないと思います。いま現在申請して認可されている所も3~4店舗くらいしかないと思いますけど、僕の知っているところでも進んでやるところはほとんどないですね」

Qイノシシを欲しいという声はありますか
坪井さん:
「ずっとありますよ。毎年ありますけど、丁重にお断りして、申し訳ないですけどってことで」

■伝統の巻狩り猟を継承 イノシシ獲れずシカの捕獲も若手は「楽しかった」

 郡上のイノシシ猟を途絶えさせるわけにはいかない。技術の継承は、坪井さんらベテランの務めだ。解禁日のこの日、若手猟師らもまじえ、猟へと向かった。

坪井さん:
「(山を指さして)こっち、1人入らないかん」

若手猟師:
「(スマホの地図アプリを操作しながら)地図でお願いします、地図で。みんな分かったのかな」

坪井さん:
「(山に)入ったことあるに」

若手猟師:
「あるけど、念のため、こういうのは確認して…」

坪井さん:
「念のためもなにも、そこじゃん」

チームで行う伝統の「巻狩り猟」。山を知り尽くした坪井さんを中心に、作戦を練る。

坪井さん:
「巻狩りっていうのは山の地形を見ながらやらないかんし、(獲物が)どこにおるかによって変わってくるわけ」

作戦が決まったら、各自の持ち場へと移動。道なき道を進み、時には周辺の石を使って道をつくり、障害物を突破していく。

若手猟師の安田さん(無線で):
「では、安田、これから登りますね」

若手猟師の安田大介(やすだ・だいすけ 43)さんが徒歩で山奥へと分け入っていった。

「巻狩り猟」は、獲物を追いかける「勢子(せこ)」と…。

待ち伏せして狙う「待ち」に分かれる。

「待ち」の安田さんが何かを見つけた。

安田さん:
「(スタッフに小声で)足跡」

安田さんが見つけたのは、動物の“足跡”。期待が膨らむ。猟師たちは、息を殺してジッと待った。すると、勢子が連れた狩猟犬が動物を見つけた。捕まえたのはシカだったが、それでも“大物”に変わりはない。この日は、2頭を仕留めた。

安田さん:
「悔しい思いはありますけど、トータル楽しかったというか。仲間と先輩と(山に)入れるっていうのは」

坪井さん:
「若い子が頑張ってくれたで、まあ2つ獲れりゃ上等やわ」

■BB弾の猟銃発砲やシカの解体体験も…猟の伝統繋ぐため一般人の参加型ツアー開催

安田さん:
「これだけ歩いただけでも、ここの山シカが多そうっていうのが分かります。なぜ分かったと思います?」

若手猟師の安田さんは、イノシシの減少で猟の伝統が途絶えてしまわないよう、その魅力を一般の人たちにも伝える参加型ツアーを開催している。

安田さん:
「(シカの模型を使って説明)歩いていきます。踏みます。踏むことで板が折れて、ワイヤーがシュッと飛び出すと」

罠の仕組みを学んだり、BB弾の猟銃を実際に発砲したりする。

そしてシカの解体もする、盛りだくさんのイベント。

シメはもちろん、地元産のジビエ料理で打ち上げだ。

参加者:
「うまいっす」

安田さん:
「ジビエ、かたいとか言われますけど…」

参加者:
「やわらかいっす」

この日のメインは“シカ”だが…

安田さん:
「市場価値として、イノシシのほうが買い手がつきやすかったりとか、あと白い脂の旨味とかっていうのはシカにはない圧倒的な魅力があるので、僕もそうだし、僕らの先輩の皆さんも、シカよりも圧倒的にイノシシが好き」

やはり“本命”はイノシシ。岐阜大学の研究や猟師の感覚では、また徐々にイノシシの数が増えてきているという話もある。

安田さん:
「希望の兆しとして、すごく数が減りまくってしまった猪がちょっと最近盛り返しているかもしれない。イノシシが、今年(2022年)は獲れるんじゃないかっていう期待している」

2022年12月1日放送