“不良な子孫の出生を防止”…わずか26年前まで存在『優生保護法』“国による障害者差別”はなぜ認められたのか
約半世紀前、子供が産めないよう強制的に不妊手術を受けさせられたなどとして、名古屋の夫婦が裁判を起こしている。不妊手術は、障害者などを対象に「不良な子孫の出生を防ぐ」として進められた旧優生保護法が根拠だった。歴史の教訓から学ぶべきこととは…。(※年数等、文中の情報は放送日時点のものです)
■耳が聞こえない夫婦の苦悩…結婚した際に母親から言われた「子供作ってはいけない」
名古屋市に住む、70代の長嶋恵子さん(仮名)。昼食のサラダを作るため、台所に立っていると…。
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長嶋恵子さん:
「切った」
調理中に手を切ってしまい、思わず声を上げた。
2人で暮らす、夫の啓一さん(70代 仮名)は隣の部屋にいたが、すぐには気づけなかった。
恵子さん(手話):
「調理中に手を切った。(手当をしてくれて)ありがとう」
2人の会話は、手話。恵子さんは先天性で、啓一さんは生後10か月の時の発熱などが原因で、全く耳が聞こえない。結婚して47年、音のない世界で寄り添ってきた。
恵子さん(手話):
「おいしかったです」
恵子さん(声):
「中辛」
啓一さん(手話):
「おいしかったね、ありがとう」
聞こえないこと以外、一見普通の日常を過ごす2人だが、2022年9月、国に対し約3000万円の損害賠償を求めて、裁判を起こした。強制不妊に対する損害賠償請求だ。
学生時代に出会った啓一さんと、20代の時に結婚した恵子さん。その際に、健常者の母親からかけられたのは、思いもよらない言葉だった。
恵子さん(手話):
「(母親は)『子供を作ってはいけません』『手術をしなさい』と言いました。聞こえない子供が生まれたらかわいそうだからっていうことですね」
当時、生活のほとんどを母親に頼っていたため言い返すことはできず、結婚から1か月後、母の指示に従い、望まない不妊手術を受けた。
恵子さん(手話):
「(母親から)『従わないんだったら世話はしません、もう私は知りませんよ』みたいに突き放されてしまうので、仕方なく従いました」
啓一さん(手話):
「(手術後は)心と体が病んでしまうといけないので、そのことには触れない」
恵子さん(手話):
「もうすごく苦しかったです。もうずっとずっと我慢していました」
■「不良な子孫の出生を防止する」優生保護法はわずか26年前まで存在
「障害があるから、子供を作ってはいけない」。それを認める法律が、わずか26年前まで、日本に存在していた。1948年に成立した“優生保護法”は「不良な子孫の出生を防止する」を目的に、戦後、制定された法律だ。
この法律により、遺伝するとされた障害がある人たちなどに対し、子供を産めなくする「強制不妊手術」が本人の同意が無くても認められていた。
なぜ、このような法律ができたのか。障害者の権利の擁護に取り組む団体は、戦後の時代背景が影響していたと指摘する。
NPO法人日本障害者協議会代表の藤井克徳(ふじい・かつのり)さん:
「戦争の後の復旧復興ってことが、社会の第一義的な課題、優先課題だったんですね。その足でまといとなる事象は全て消したい。社会の発展のためには障害者は邪魔な存在ということを、思い込んでしまったと言っていいと思います」
戦後の食料不足、さらにそこに押し寄せた中国からの帰還兵などの多くの人々。
こうした時代背景から、国は人口の「抑制」と「質の向上」を図り、終戦から3年後に優生保護法を成立させたと言われている。
そして、その思想は教育の場にも広げられていった。1963年に発行された高校の教科書にはこう書かれていた。
“悪い遺伝的素質は、いつかは、必ず子孫に現れるものである”
藤井さん:
「社会の中には、差別意識、あるいは偏見の意識が、国民の中にも一定部分あったのではないかと。第一義的には為政者がよくないのだけれども、社会を挙げて大きい意味での連帯責任として、この問題は問うていってもいいんじゃないかなと」
“国による障害者差別”とも言えるこの法律は、国際的な批判など問題視する声が高まり、1996年に改正された。施行から改正まで約50年、その間にわかっているだけで約2万5000人が不妊手術をされた。
■全国で国を提訴…司法の判断は
不妊手術をされた、名古屋市の長嶋恵子さん夫婦のアルバムには、様々な場所に出かけた思い出が詰まっている。
啓一さん(手話):
「手術をしてから寂しい気持ちを紛らわすために、ストレスをなくすために、色んな趣味をしました」
恵子さん(手話):
「自分の兄弟が、子供と手話もなく楽しそうに話しをしていて、いら立ちました。私たちは取り残されたような感じでした」
恵子さん(声):
「孫も見たい」
恵子さん(手話):
「どんな顔だったのか、主人に似ていたのか、子供や孫の顔を見たかったです」
法改正後、政府などは不妊手術を受けた人に対し、真摯に反省し心から深くおわびするとして、一律320万円の一時金の支給を決定した。
恵子さん(筆記):
「一番欲しかったのは子供です。こころの中で何回も『人生を返して、人生を返して』苦しみつつなげいています」
2022年9月、2人は旧優生保護法の下で不妊手術を強いられたのは憲法違反だとして、東海3県では初めて国を提訴した。
恵子さん(会見・手話通訳):
「主人や家族を含めて苦しんできた人生、それを返してほしい」
「よしやるぞと決意を新たに思いました。裁判に対しましても頑張るぞ、という風に意気込んでおります」
同様の訴えを、これまでに全国9つの地裁に、合わせて31人(23年3月10日時点では全国10の地裁、計34人)が起こしていて、このうち4人については、東京・大阪での2つの高裁で、国に損害賠償の支払いを命じる判決が下されている。(※国側が上告中)
恵子さんには、裁判を通じて訴えたいことがあるという。
恵子さん(声):
「(国に)謝って欲しいです」
恵子さん(手話):
「謝ってもらいたい、そして理解してもらいたい。『差別のない社会』を目指したいと思います」
わずか26年前まで存在した「旧優生保護法」。差別のない社会の実現と、司法の判断は…。
2022年12月2日放送