名古屋市北区で市バスに刃物を持った男がたてこもったバスジャック事件から1年あまりが経った。実刑判決が下された受刑者の男から東海テレビの記者に届いた手紙には、犯行への動機が書かれていた。

■発生から約8分間で取り押さえられる…名古屋の「バスジャック事件」から1年あまり

 名古屋市北区の国道41号線沿いにあるバス停「北図書館」。

【動画で見る】受刑者からの手紙に動機…「社会騒がせ長く刑務所に」名古屋バスジャック事件から1年 背景に“愛情の欠如”

バス利用者の女性:
「(事件を振り返ると)怖いですよ、不安ですよね」

バス利用者の男性:
「周囲に気を付けないといけないのかな。逃げ場を考えるようになりました」

交通量は多いものの、周りの店舗の明かりが落ちひとけも少なくなったこの場所で、2022年1月20日「バスジャック事件」が起きた。

午後11時18分。「北図書館」バス停に止まった、栄発如意住宅行きの最終バス。

ここで突如、刃渡り12.8センチのナイフを手にした男が現れ、運転手に近づいた。

男:
「バスジャックだ、停まれ」

さらに、手に何かを握っているような仕草を見せては…。

男:
「変なことすんな。押せばぶっ飛ぶぞ」

爆発物を所持しているかのよう装った男。

午後11時23分。運転手にドアを閉めさせて乗客16人をバスに監禁し、身代金5億円と覚醒剤30キロを要求した。

そして、男がナイフを振り上げながら乗客に近づいた瞬間、男は乗客らに取り押さえられ、突入した警察官に現行犯逮捕された。

午後11時26分。8分間の犯行だった。

■「何もかも嫌になって」…無差別事件で顕著な“自暴自棄”の動機

 逮捕されたのは当時43歳の「就労支援作業員」の男だった。なぜ犯行に及んだのか、NEWSONEは、3回に渡って男と面会したが…。

記者:
バスジャック時の感情は?

男:
「イライラです。一応、精神安定剤を飲んでいるんですけど効かなくて、飲まないと(イライラが)止められないです」

当初、男は「イライラが原因」として、事件の核心に触れなかった。しかし、その後3回にわたって行った手紙のやりとりで、心のうちを明らかにした。

<男からの手紙>
「何もかも嫌になってしまい、新聞やテレビを騒がせるような何か大きな事件を起こして、社会を騒がせ、長く刑務所に入る」

何もかも嫌…。

一般人を巻き込む無差別事件。

「京王線刺傷事件」では、「死刑になりたかった」。「代々木焼肉店立てこもり事件」では、「警察に射殺されたいと思った」。

いずれも「世の中が嫌になった」という“自暴自棄”ととれる動機だ。

■手紙から浮かんだ「存在の軽さ」… “愛情不足”と犯罪の関係は

 石川県で生まれ、料理人になる夢をもって、約20年前に名古屋に来たという男。しかし最近は、定職についていなかったという。

男が通っていた「就労継続支援の事業所」に勤めていた女性が、事件前の男の様子を話してくれた。

事業所の担当職員:
「とにかく焦っていたんです。自立に向けて、自分は頑張りたいとすごく焦っていたので、焦りすぎてその先が見えている分、今との現実とのギャップに自分で落ち込んでしまう」

男には「パニック障害」や「軽度の知的障害」「うつの症状」があり、事件前日まで職業訓練をしていた。

事業所の担当職員:
「お仕事内容は、シール張りをして頂いたり、DVDの清掃作業クリーニングですね。なんでもうちにあるお仕事をほぼして頂いていたと思います。1時間200円(時給200円)でやっていました」

仕事の不満を言わなかったという男。しかし、手紙から浮かび上がるのは「自分の存在の軽さ」だった。

<男からの手紙>
「毎日真面目に通って仕事をしても、1か月の工賃が1万5千円くらいにしかならないことや、部屋でタバコを吸っていることが職員にわかってしまい、部屋から出ていかないといけなくなってしまったことや、当時付き合ってきた彼女と連絡が取れなくなって」

好きだった女性との離別。さらに、男は“母親にかまってほしくて”13歳で初めて犯罪に手を染めた後も、“かまってほしさ”に犯行を繰り返していた。


その理由を、5歳で両親が離婚し、母親の愛情を受けずに育ったと綴っている。

「母親に相手にしてもらいたい」と犯罪に手を染めた子供の頃。そして、今度は好意を抱いていた女性との離別で起こした「バスジャック」。

事業所の担当職員:
「存在価値を、すごく彼女にも求めていたと思うんですよね、ご自身の存在価値を。それはたぶん、彼は思うような場所に住めていない、思うような仕事ができていない、彼女と仲良くできることで自分の存在価値を確認していた。お金も思うようにない。唯一の救いがなくなったことが1番だと思いますね」

<男からの手紙>
「何度か少年院に入ったり出たりしているうちに、社会で生活を送るよりも自由はないけど少年院に入っている方が良いと思うようになってしまい、今では何か気に入らないことや、何か嫌なことがあると、すぐ犯罪を起こして刑務所に入りたいと思うようになってしまいました」

なぜ、まわりの愛情不足で、矛先が犯罪に向いてしまうのか。犯罪心理学の専門家に話を聞いた。

国際医療福祉大学大学院の橋本和明教授:
「普通は親に関心を向けてほしい、あるいは人に認めてもらいたいという場合はいいことをするんですよね。本当はいいことをして褒められたい彼がいたんだけど、それが叶わないから悪いことをして社会から注目を受けたいというような感じになってきたと理解した方がよい」

■服役後は沖縄の施設へ…更生支援する男性との面会では涙も

 求刑の懲役6年に対し、名古屋地裁が男に言い渡したのは、懲役4年6か月の実刑。男は控訴せず、刑が確定した。

<男からの手紙>
「思っていたよりも、求刑も判決も軽く済んでしまい、被害者には、大変申し訳なく思っています」

男は取材当時、名古屋刑務所で服役。

逮捕後に、知人を通じて紹介されたのは、沖縄で犯罪者の更生を支援する活動をしている男性だ。3回にわたって面会し、出所後は沖縄の施設で男を受け入れることにした。


沖縄の施設の男性:
「支援がちゃんと向き合ってくれなかったと、彼、言っていたんですね。どういう風に向き合ってくれなかったかというと、悪いことは悪いとか、いいことはいいと、話をちゃんとわかるように、話を受けていなかったらしくて。そういう風に彼は言っていたので、僕とみらい(施設)のみんなと約束したんですけど、本当の家族になれるように、家族みたいな関係になれるように一緒に頑張ろうよと伝えました。そうしたら彼は、『家族か…』というようにちょっと涙をウルウルさせながらお話してくれて、沖縄にると決意してくれた。彼は向き合える環境がなかったということですよね」

男は出所後、障害を持つ人などの生活をサポートする支援員になりたいと話したという。

バスジャックという凶悪な事件の裏にあった“愛情の欠如”。空白だった男の心を、新天地の“家族”が埋められるだろうか。

2023年2月8日放送