海の漁師といえば、多くの人が男性の仕事だと思うだろう。体力的な問題だけでなく昔からの風習もあり、漁師を目指す女性はあまりいないのが現実だが、三重県熊野市で画期的なアイデアで、水産業界に新たな風を取り入れている女性の漁師がいる。まだまだ珍しい女性漁師の挑戦を取材した。

■国の調査では9割が男性…漁船の運転から力作業までこなす女性の漁師

 三重県熊野市の網代(あじろ)漁港。

【動画で見る】水産業復活に“女性の力”を…男社会に飛び込んだ『女性漁師』の挑戦 新たなビジネスチャンス開拓し港に活気

港を出港した漁船に乗っているのは、女性の漁師たち。三重県でもまだまだ珍しい存在だ。

この女性の漁師たちのリーダーが、田中りみさん(43)。漁船の運転から力作業まで、何でもこなす。

田中りみさん:
「魚獲れると楽しいです。女の子の職業の選択に漁師があってもいいんじゃないかと思ってやり始めたんです」

一般的には男性の仕事として考えられてきた漁師の仕事。国の調査でも、漁師の約9割が男性で占められている。

三重県の別の漁港、尾鷲市の九鬼漁港をみても、女性の姿は見当たらない。

尾鷲市の漁師:
「やっぱり体力かな、女性というと。漁師というと男の仕事というのがあるから、女性が入りにくかったんじゃないですかね」

尾鷲市の漁師:
「(女性漁師は)いないですね。汚い、キツい、危険、3K。そこを絶対我慢してもらってやってもらわないと。(海は)女の神様だからヤキモチ焼くみたいな、そういうのは聞いた事ありますけど」

女性が加わることすら難しい雰囲気も残っている「男社会」だ。

■漁師の父「女の子は漁師はダメ」…東京で就職するも地元に戻り紆余曲折を経て念願果たす

 熊野市で、祖父の代から漁師をする家庭で育った田中さん。

田中さん:
「お父さんがタコつぼだったり、イカ釣りに行ったりとか色々連れてってもらっていたので。小さい時は漁師になりたいと思っていました。(漁師は)カッコいいイメージかな」

幼い頃から身近にあった漁師の仕事。「いつかは自分も漁師になりたい」と強い憧れを持っていた。しかし…。

田中さん:
「(父親に)小さい時から、女の子は漁師はダメと言われていたので。お父さんとか周りの人にも、女の子は船に乗っちゃいけないっていう言い伝えというか、風習というか…」

田中さんの父・鈴也(すずや 71)さんは、体を壊し漁に出ることができなくなっていた。

田中さんの父・鈴也さん:
「女は男と違って、漁をするのは常識では考えられなんだね。(漁師に)なってほしくなかったね」

結局、漁師になる夢は叶わなかった。

社会人になると、地元を出て東京で営業職などを経験したが、熊野市が好きだった田中さんは、34歳でふるさとに戻り、飲食店を展開する会社「ゲイト」の加工スタッフとして働き始めた。

そこで転機が訪れた。

田中さん:
「東京のゲイトの社長が来て、『魚さばくの楽しいか』と言われたから『楽しいですけど、本当は漁師になりたいんですけどね』と言ったら、社長が漁協とかに聞いてくれて」

社長が説得したところ、地元の漁師たちも納得して理解を示してくれたという。

そして、2018年、念願だった女性漁師としてデビューを果たした。

■「女性でもできる漁業を作りたい」…集まった女性の漁師仲間にも変化

 今では、男性漁師とともに朝4時から定置網漁へ。大量に魚が入った重たい網を軽々と使いこなすなど、男性と変わらない仕事ぶりだ。

田中さんには、もう一つの野望がある。

田中さん:
「漁師とか漁業ってなると女性ってあんまりいなくて、女性でもできる漁業というのを作りたいと思っていて」

女性も働ける水産業界。そう考えた田中さんは、地元の仲間に声をかけるなどして3人の女性を集めた。

漁師仲間の西地絵美さん:
「東京におったんですよ。テレビ局で美術していました。色々あってこっち帰ってきて、りみちゃん(田中さん)と知り合いで入るきっかけになった」

藪本やよいさんは、猟師になる前はガソリンスタンド働いていたという。

西地さん:
「魚(の仕事)がやりたいわけじゃなくて、ただ知り合いづてでね」

誘われた当初、漁には興味が無く、魚の加工作業だけを担当していた女性のメンバーたち。

彼女たちにも漁の楽しさを知ってほしいと、田中さんは女性に優しい環境づくりに力を入れた。

田中さん:
「男性漁師にやってもらっている定置網は、ロープがこれくらいの太さがあるんですけど、そういうのも女の子でもできるように、別のもの(細いロープ)を使ったりとか、工夫しているんですよ。彼女たちができるようになれば、一般の女性でもできるなってことで」

今ではメンバーの気持ちも変わってきた。

藪本さん:
「(魚が)獲れたら嬉しいし、網上げるのとかも全然苦じゃない」

西地さん:
「いっぱい獲れて、お客さんが喜んでいるときとか楽しいですね」

■コロナ禍でもアイデアで徐々に売上伸ばす…変わる周囲の視線 父「嬉しい」

 2019年からは、観光客向けの定置網体験の企画といった、新しいことにチャレンジするなど、田中さんは地元の水産業界を活気づけてきた。

しかしその矢先に「新型コロナ」。新型コロナのあおりを受け、飲食店が相次いで営業自粛し、獲った魚が全く売れなくなった。

ピンチに追い込まれた水産業界だったが、田中さんにあるアイデアがひらめいた。

田中さん:
「これはペットのご飯ですね。獲れたての魚を真空してレトルト殺菌しているので、常温保管できるし常温で発送できます。ペット用に売っています」

飲食店に売れなくなった魚を、無添加のペットフードへ。ペットも飼い主も大喜びで、徐々に売上を伸ばしているという。

田中さん:
「もしかしたらペットフードの方がいいかもしれない、(利益)率は。居酒屋は人間用に食べられるように魚をおろしたり味つけたり焼いたり、揚げたりするじゃないですか。ペットフードは、そのまま丸ごと袋に入れて、それだけでいいので」

水産業界の新たなビジネスチャンスを開拓した田中さん。ともに働く男性漁師たちも、努力を認めるようになった。

漁師仲間の男性:
「頑張っていると思いますよ」

別の漁師仲間の男性:
「すごく働き者だと思います。男性の人たちに負けないくらい仕事の量はしているので、そこは素晴らしい人だと思います」

田中さんが漁師になることに否定的だった、父・鈴也さん。体を壊し、漁に出ることができなくなったが、自分の代わりに生き生きと働く娘の姿を見て、考えが変わったようだ。

父の鈴也さん:
「嬉しいね。一人前になってほしいね」

田中さんの活躍で、活気づいたようにみえる熊野の港。しかし、漁師の減少や漁船の燃料費の高騰など、水産業界を取り巻く環境は年々厳しくなっている。

田中さんは、これまで水産業とは縁遠かった女性を増やして盛り上げていくことが「復活」のために欠かせないと考えている。

田中さん:
「やっぱり、女性も増えないと活気づかないかなと思って。漁師だけじゃないんですけど、水産に関わる人、地元の子でもいいですし、移住してきてもいいですし、できるようにそういう仕事を増やしていきたいなと思っています」

2023年2月6日放送