岐阜県岐阜市にある自衛隊の射撃場で隊員3人が死傷した発砲事件では、訓練期間中の「自衛官候補生」の男が逮捕された。自衛官候補生であることは事件に影響したのか、実情を現役の自衛官らに取材した。

■「染まりきる前の隊員だったら…」現役自衛官が語る実情

 事件翌日の6月15日、30代で現役の陸上自衛官の男性が電話での取材に応じた。

現役陸上自衛官(30代):
「どこでも撃てなくなっていますね。全部隊、全自衛隊が射撃禁止みたいな、今回のことで。普通はありえない事件なので、みんな驚いていましたね」

【画像で見る】射撃場での3人死傷事件「新隊員ならあるのかな…」現役自衛官らが語った候補生が陥りやすい理想と現実の狭間

自衛官候補生の18歳の男による事件の一報を聞き、驚きと共に別の印象も抱いたという。

現役陸上自衛官:
「新隊員なんだ…っていう。自衛隊としても染まりきる前の隊員だったら(事件を起こす可能性は)あるのかなっていう印象でした」

高校を卒業して入隊した男性は「自衛官候補生」ではないが、同様の厳しい3か月の訓練を経て、自衛官となった。

現役陸上自衛官:
「体力的にきつい訓練もありますし、25キロ歩いたりとか。集団生活と、体力的にきつい」

■「高校を卒業したばかりの候補生」に特に注意を払う

 自衛隊静岡地方協力本部が、自衛官候補生の訓練の動画を公開している。銃を持っての戦闘訓練に、鉄条網が張られた泥水の中を匍匐(ほふく)前進。

自衛官候補生は、入隊の間口を広げようと2011年から始まった任期制自衛官の採用制度だ。敬礼など基本的な動作や技術に必要な知識の学習、寮での共同生活など、3か月の訓練期間を通じて心身を鍛え、自衛官に任官される。

現役陸上自衛官:
「朝6時に起きていろんな点呼して、8時から仕事開始してっていう流れ。6人とか8人くらいの二段ベッドとかで共同部屋みたいな感じですね。体育会系の人は共同生活も慣れているし、慣れているのですんなり馴染めるんですけど。個人的には新鮮で楽しかったりしました」

男性は、数年前には教官役も務めた。その時注意を払っていたのは、高校を卒業したばかりの候補生だったという。

現役陸上自衛官:
「まだ、心身ともに未成熟なので、自衛隊の考え方とかも理解できない人もいます。考え方のギャップとかで慣れないのもあるんじゃないですかね。こっちが『これをしなさい』っていうのをやらないとか」

■事件が起きないために…服従心を養うためのカリキュラム

未成熟な候補生を1人前に育てる、3か月の重要な訓練期間。

以前、陸上自衛隊に所属し、事件のあった日野基本射撃場で教官として指導した経験がある男性は、訓練の前半には、実弾射撃に必要な“服従心”を養うという。

元陸上自衛隊員:
「こういう事案が、事件があったらいけないことなんで、出さないように射撃は行っております。(訓練の)前段の方で基本教練があるんですけど、服従心を養わせているんですよ。射撃が始まったころには、命令に対してちゃんと行動できる、そうさせるようにカリキュラムが組まれています」

実弾射撃の訓練時には、銃を撃つ候補生の周りに複数の教官らを配置する。

「徹底した監視」の中で今回の事件が起きたことは「信じられない」と話す。

元陸上自衛隊員:
「監視はしています。信じられなかったですね」

しかし捜査関係者への取材によれば、男が最初に発砲したのは監視の中心ではない、射撃の順番を待つ待機場所だった。

■「相談しやすい環境を…」自衛隊員のセカンドキャリア支援する企業代表

 一体何が、男を犯行に走らせたのか。現役の陸上自衛官の男性は、訓練期間中に辞めていく候補生は、少なくないという。

現役陸上自衛官:
「自分が受け持った時は(辞めた人が)結構いて、10人とか15人くらいいたんじゃないですかね。まず初めの3日間くらいで『もう雰囲気に合わない』って言って、5人とか6人くらい辞める人もいる。(教官は)自分の時は厳しかったですね。厳しいですけど、理不尽なことは言わないですし。階級社会なので、しっかりっていうのはありますね、上下関係。(教官は)人によって教え方もまちまちなので、(合う合わないは)あったと思いますね」

「自衛官」としての適性を試すためでもある、訓練期間。

候補生は期間中にどんな悩みを抱えているのか。陸上自衛隊に17年間所属し、現在は自衛隊員のセカンドキャリアを支援する会社の代表を務めている木村裕一さんに聞いた。

ミリタリーワークス代表の木村裕一さん:
「(相談は)月に10件から15件くらい。災害派遣を見て入隊したんですが、思っていたのと違うことばかりなので『ちょっと悩んでます』みたいな人が多いです」

退職した自衛官や訓練期間中に辞めた候補生などからも多くの相談を受けてきたが、その内容のほとんどは「理想と現実のギャップ」だという。

どんな仕事でも起こり得るが、自衛隊員ならではの特殊な環境も影響していると指摘する。

木村さん:
「自衛官の場合は、本当に理性心をもって自衛隊に入ってきているので、こんなところで挫けちゃダメだなっていうのが全面に出てくると思う。人間関係で悩んでいて、(他の)自衛官に相談するのって(自衛隊員の中では)ナンセンスすぎるんですよね。特に寮の子たちなんて、どこの病院にいったかもバレてしまいますし」

今回の事件の背景にもこうした事情があったのか。木村さんは、実情に沿った「窓口」の必要性を訴える。

木村さん:
「本当に相談しやすい環境にしてあげないと、『カウンセリングできる人が相手していますよ』と言われたところで、全然役に立っていないっていうか…。僕らみたいなことをやっている事業を、もっと自衛官に知って欲しいですし、知ってくれてれば逃げ道も作ってあげられるし、それでアドバイスもできますし。まずは相談してほしいなって思いますね」

2023年6月16日放送