多くの障害者が利用する「B型」事業所での製造や梱包などの作業は、制度上「労働」とは認められず「職業訓練」とされているが、これを労働と認定するよう求める裁判が名古屋で起きている。福祉と労働、障害者が働くことの線引きに一石を投じる訴訟の背景を探った。

■素早くキャップを外す「エース」 リサイクル工場で働く知的障害のある男性

 名古屋市南区にある「リサイクルみなみ作業所」。

【動画で見る】働く事が労働ではない…障害者が利用するB型事業所の“訓練と労働の境界線” 運営者「人間としての権利を」

ベルトコンベヤーで、1分間におよそ700本もの大量のペットボトルが運ばれる。ここでは瑞穂区や南区で回収されたペットボトルをリサイクルのために分別している。

リサイクルみなみ作業所の稲垣伸治副所長:
「流れてきたペットボトルの中から、ゴミやカン・ビンとかも流れてきますので、それを分ける仕事です。キャップがついたものは抜き取ります」

ゴム手袋にエプロン姿で黙々とキャップを外していく、およそ40人の作業員たち。このうち8割あまりの人に、知的障害や体の麻痺などがある。

その1人、26歳の浅野凌さんも、その1人だ。

重度の知的障害(自閉スペクトラム症)などがある。

浅野さん:
「(同僚に)イエ~イ」

Q.今日はどうですか?
浅野さん:
「楽しかった」

Q.午後からの仕事も頑張れますね
浅野さん:
「おー!」

作業に入れば一転、真剣な顔つきに。この春で7年目、キャップを外すスピードの速さから「エース」と呼ばれている。

健常者の職員と比較してみると、1分間にキャップを外した数は健常者の職員が25本だったのに対し、浅野さんは15本と6割だった。

ラベルが気になると剥がさずにはいらないため、やや時間がかかるが、手元の動き自体は遜色ない。

■「労働者と認めて」…B型就労支援は“職業訓練” 月額工賃はA型の約5分の1

 この作業所では、障害者の福祉サービスとして作業を提供していて、利用者はそれぞれの障害の程度に応じて立ち位置が決められ、ライン作業に当たっている。

一般企業などへの就職が難しい障害者への就労支援には、福祉サービスとして2種類の事業所がある。1つは障害の程度が軽い人が利用するA型で、事業所と雇用契約を結んで“労働”することで、最低賃金以上の「給与」が支払われる。

もう1つはリサイクルみなみ作業所のようなB型で、障害の程度が重く、雇用契約が結べない人が対象だ。作業は “職業訓練”とみなされ、利益から成果報酬として「工賃」が支払われる。

厚生労働省によれば、B型の事業所は全国に1万6000か所あり、利用者はおよそ32万人と、いずれもA型の4倍ほどの数だ(2022年12月時点)。支払われる金額は、A型で働く人の給与が月額平均8万1645円あるのに対し、B型で作業する人の工賃の月額平均は1万6507円で、5分の1ほどとなっている(2021年度時点)。

稲垣副所長:
「暑さだとか、ずっと立ち続けないといけないだとか、ライン仕事をしなければならない環境なので、大変な仕事だと認識しています」

立ち続けての作業に、悪臭を放つ飲み残し。危険性こそ低いものの、いわゆる“3K”に近い環境だ。

Q.仕事は楽しいですか
浅野さん:
「楽しいです!」

Q.忙しいですか
「忙しい!」

「楽しい」と話しながら、次々と分別していく浅野さん。1日6時間、週に5日ほど現場に立つが、法律上は“労働”ではなく“訓練”だ。

みなみ作業所など、名古屋市で7つのB型の事業所を運営する「ゆたか福祉会」の鈴木理事長は、障害がある人も労働者として認めてほしいと話す。

ゆたか福祉会の鈴木清覚理事長:
「障害を持った人たちが、頑張って働いているわけですよ。その成果が売上になって工賃になっていることは、誰が見ても明らかですよね。障害を持った人を、一人前の労働者・社会で生きる働く人間として権利を認めてほしい。障害者が働くということを認めると地位が上がると思いますよ、間違いなく」

■B型作業の“労働”認定求め国を提訴 専門家「この訴えはすごく意義がある」

 B型での作業を“労働”と認めて欲しい。「ゆたか福祉会」は2022年7月、その認定を司法の場に求め、裁判を起こした。

戦いの舞台として選んだのは「消費税法」だ。“労働”と認められれば、障害者に業務を委託しているというかたちになる。そうなれば、分別前のペットボトルの仕入れにかかる消費税が一部控除され、その分を工賃に上乗せすることもできる。

これまでに税務署などにも申し入れたが「給付に過ぎず、労働の対価とは言えない」と受け入れられなかった。

裁判では、国に対し5年分の控除額に相当するおよそ2500万円の返還を求めている。全国で初とみられるこの訴えの意義について、障害者の労働環境に詳しい日本福祉大学の戸枝陽基(とえだ・ひろもと)客員教授は…。

日本福祉大学の戸枝陽基教授:
「B型という制度を使っている限りにおいては、制度設計がリハビリ・訓練の場所なので、仕事として争うならば事業税の課税も覚悟しなければいけない。(一方で)この訴えはすごく意義がある。障害がある人の頑張りや労働がの曖昧な状態を問題提起した裁判と評価している」

大阪地裁は2023年2月、重機にはねられて死亡した聴覚障害がある当時11歳の女の子の損害賠償を巡る裁判で、将来得られるはずだった収入・逸失利益を、労働者全体の平均賃金の85%で算出するのが相当と判断した。

この裁判でも、働くことを巡る司法の判断が注目を集めた。

戸枝教授:
「(大阪の裁判は)障害がある人が何もできないみたいなイメージを『そうでもないよ』と世に問うていることが、すごく類似した事例。海外では障害がある人のことを『able』や『challenged』と呼び始めていて『できる』『挑戦者』という前向きな呼び方。(司法には)その時代感にも重きを置きながら、判断していただきたい」

ゆたか福祉会が起こした裁判は現在、名古屋地裁で継続中だ。国側はこれまでに「あくまで給付」として争う姿勢を示している。

<国側のコメント>
「工賃の給付は、利用者のために生産活動を提供するという福祉サービスの一環に含まれる。労働の対価ではない」

鈴木理事長:
「そういう風にしか主張できないのかもわかりませんけどね。障害者をバカにした話はないですよね。障害を持った人たちの働くということについて、その人たちの人格について否定されたなっていうのが率直な思いですね」

■「仕事の内容は福祉ですか?」見守る家族も訴える労働認定

 3月10日、リサイクルみなみ作業所で、工賃が支給された。

職員:
「これだけの金額が入っておりますので、お楽しみに」

作業員:
「ありがとう!たくさんもらえた。うれしいです!」

浅野さん:
「8万8950円。イエーイ!やった!1か月頑張った」

浅野さんが受け取ったのは、給料袋に入った2月分の工賃。“労働”と認められれば、それだけで3000円は上がる見込みだ。

浅野さん:
「お金が使えます」

Q.買いたいものはありますか
浅野さん:
「ない」

汗をかいて手にしたお金でピアノを習ったり、アイドルのCDを買ったりと、好きな趣味を楽しむ浅野さん。

母・美子(よしこ)さんは、福祉サービスで作業が成り立っていることは否定しない。

浅野さんの母・美子さん:
「サポートがあるので福祉です。うちの子の場合は見通しが持てないと嫌だなと感じる。だから『今日のスケジュールはこうだよ』ということをきちんと最初に確認していただくとか。(食事を)時間内に食べられたら〇、時間内に食べられなかったら△とか×とかっていうのがあって」

しかし、本人の充実感や日々の様子などを含め、作業は一般の人の“労働”と変わらないと訴える。

美子さん:
「仕事の内容は福祉ですか?というのもありますし、働くことが彼は好きだし、働いて充実感も感じているので、それぞれの障害に応じた働き方をしているので、労働だって認めていただきたいなっていうのは、本人の頑張りを見ている親からすると思います」

浅野さんは、仕事のやりがいについて…。

Q.やりがいは感じますか
浅野さん:
「感じます。ペットボトル(のキャップを外す作業)が楽しいです」

2023年4月28日放送