バラ農家「その質問はやめて頂きたい」…川を氾濫させ下流の住宅等守る『霞堤』再起決断できない上流の苦悩
2023年6月、愛知県の東三河地域を襲った豪雨では、豊川が氾濫した豊川市で多くの農家に甚大な浸水被害が出たが、実は想定されたものだったという。
下流を守るためあえて川を氾濫させる“霞堤(かすみてい)”。伝統的な治水方法である霞堤の課題と、農家の苦悩を取材した。
■「やめて頂きたいです、その質問は」…バラ農家が再起決断できない理由
2023年6月2日から3日にかけ愛知県の東三河地域を襲った豪雨では、2度の線状降水帯が発生し、豊川市では豊川が氾濫、住宅や農家に大きな浸水被害が出た。
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豊川が溢れた、豊川市金沢町でバラを育てる佐久間栄次さん(38)。
バラ農家の佐久間栄次さん:
「ハウスの中がぐしゃぐしゃになってしまって。(ビニールハウスの)この辺まで水がついちゃって、2メートルくらいですかね」
ハウス3棟で、温度管理をする暖房機などが水没。
被害は2400万円以上にのぼった。
佐久間さんのハウスを映した監視カメラの映像には、午後2時半ごろ、豊川の方向から流木が流れてくるものの、まだハウスの形は確認できる。
しかし、約3時間後には、ハウスは屋根しか見えない状態になっていた。
佐久間さん:
「朝起きて『頑張ろう』と思う時と、ここに見に戻ってきてみて『やっぱりこれはダメなのかな』と思う時。ちょっとガックリきましたね。あまりにもひどかったので」
あの日から、毎日現実に直面しているが、復興に向けた動きも始まった。豪雨から1週間後、ボランティア団体や地元の高校生たちが集まり、被害に遭ったバラを運び出す作業を手伝った。
佐久間さん:
「これ以上、農家を続けられないのかなと本当に思っていたんですけど、今日こうやって皆さんの力で、まさかこんなに片付くとは思っていなくて…本当にありがとうございます」
先が見通せない中、前を向くことができた佐久間さん。
しかし…。
Q.またバラを作っていきますか
佐久間さん:
「ちょっとそれはお答えできないですね、今回、すみません。ちょっとやめて頂きたいです、その質問は。すみません。ここで言ったからって、できるとも限らないので」
バラ農家としての再起を決断できずにいた。
■水を溢れさせて下流を守る「霞堤」が産む不平等
背景には、この地域特有のある問題があった。金沢町でジャガイモ農家を営む小野田泰博さん(45)に、豊川の堤防を案内してもらった。
ジャガイモ農家の小野田泰博さん:
「この先の竹やぶがある辺りで、堤防がない形になっています」
川の水を防ぐための堤防が、なぜか途中で切れていた。
小野田さん:
「堤防がない、霞堤とよばれる区間。堤防がないから全部洪水が発生している」
江戸時代から続く伝統的な治水方法の「霞提」だ。
あえて途切れた堤防を造り、大雨で川が増水した際に上流で水を溢れさせる仕組みで、下流の住宅などを守る役割になっている。
豊川には江戸時代から続く「霞提」が4か所あり、最も上流に位置する金沢町は真っ先に水が溢れ出す場所だ。
今回、農地や住宅が浸水したのは“想定された”被害だった。
小野田さん:
「霞提があるこの地域で大きな被害が出て、その結果堤防が無事に決壊もせず助かっている。これというのは、色んな人の命を助けたりとか、財産を守っていると。一方で、この地域の住民の命が守られていないような状況だったり、財産が守られてない状況。この辺というのはすごい不平等だと」
「わかっていた」被害だが、「不平等」と語るワケ。そこには大きな課題があった。
小野田さんのジャガイモ畑でも農機具16台が壊れ、合わせて800万円もの被害が出たが…。
小野田さん:
「過去には(補償は)一切ないですね。自然災害だからと。法律的にも対応するのは難しいと、予算がないからと」
霞提による浸水被害が出ても行政からの補償はなく、それぞれの農家が保険に入るしか対応策はないという。
小野田さん:
「一生に1回くらいの災害だったらたまたまだと思えるんですけど(浸水被害が)15年で3回も起きている。そういう状況で、なかなか生活というのも苦しくなっていく一方なので、これからの災害も大規模化したりするという傾向もみられるので、その辺は何とか救済していただきたい」
■「なにかあった時に元に戻して」霞堤と生きる農家の苦悩
江戸時代からつづく豊川の霞提。“記録的な”豪雨が 当たり前のように起きてしまう今、この地で代々農家を営んできた人たちは苦悩していた。
霞堤の近くで、ナシを育てる小山和也さん(43)の畑では、1.5メートルほど浸水する被害があった。
小山さん:
「殺菌もしたいもんで、細かい所はこれで水をかけて(洗って)あげる。できることはとにかくやってあげたいなと」
ナシの被害を最小限に抑えるため、1つ1つ丁寧に汚れを落としていたが、小山さんには特別な思いがあった。
小山さん:
「僕2年目です。(父に)教えてもらいながらという感じで」
20年ほど、トラックの運転手をしていた小山さん。
2022年、父の恵嗣(しげじ 70)さんに弟子入りし2023年、初めてナシの栽培を任されたばかりだった。
小山さん:
「いの一番に親父に見せたいですよね。今年初めて、親父のチェックなしに出荷のとこまで僕の判断でやらしてもらう。出荷手前でこれが来て、悔しいですよね。本当に悔しいです」
あれから1カ月。小山さんのナシ農園を訪ねると…。
小山さん:
「まだ、出荷できる状態まで成長してないんですけど、このように順調に育っていて、きれいな状態で。(ナシをかじって)まぁ大丈夫そうな味は出ていますので、出荷はできる状態ではないかというところまでようやく来れました」
浸水の影響で収穫ができなくなった品種もあったが、一部のナシが見事に実をつけていた。
小山さん:
「師匠である親父とも喋ったんですけど、ここ1カ所ともう1カ所畑があって、そちらはほぼダメだっていうことで。(父に)『ダメなのも勉強として扱わせてくれ』とお願いしたら『いいよ』って。なんも迷いもなく『いいよ』って言ってくれて」
前を向いて歩み始めたが、「霞提」との“共存”はこれからもつづく。
小山さん:
「ここがそうであるということは、受け入れざるを得ない。引っ越すわけにもいかないですし、先祖代々遺してくれた土地を手放すわけにもいかないですから。受け入れるしかないですから、それに対して大きなことを求めるつもりもないですし。ただ、なにかあった時に元に戻してほしい。それだけです、本当に」
豊川の「霞堤」について国交省は、今後4カ所のうち1カ所を完全に閉じるほか、他の3カ所についても、堤防の切れている場所に周辺の堤防より高さが2メートルほど低い堤防を建設する計画をしている。ただ、その完成予定は2034年度となっていて、10年以上先だ。豪雨は毎年のように起きていて、農家は「待っていられない」という声や、周辺の堤防より低いものを作ることで本当に守ることができるのかといった声があがっている。
2023年7月3日放送