ジブリ映画にも登場 翻弄された“幻のビール”復刻 終戦から78年目の夏に考える『ビールと戦争と平和』
愛知生まれの「カブトビール」は、戦争の影響で姿を消したため、“幻のビール”とも呼ばれているが、戦後78年目となった2023年の夏に“復刻”された。こだわった当時の「苦味」には、物資が不足していた時代の庶民が満足できるよう、生産者の願いも込められていた。戦後78年。ビールには、“戦争”と“平和”の物語があった。
■ジブリ映画「風立ちぬ」にも登場…大手メーカーと肩を並べた「カブトビール」
愛知県のJR半田駅からほど近い「半田赤レンガ建物」は、住宅街にありながら重厚な雰囲気を醸し出す、半田市の観光スポットだ。
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館長の春田賢司さん:
「こちら、壁に穴がたくさん開いているのがおわかりいただけると思います。穴が開いているのが、機銃掃射の跡でございます」
終戦の1カ月前、アメリカの空襲を受けた時の無数の弾痕が壁に刻まれている。
この建物は、明治31年(1898年)にビールの製造工場として建設された。本場ドイツから技術者や醸造設備を導入し、ここで作られたのが「カブトビール」だ。
春田さん:
「今でも耳なじみのある、サッポロ・エビス・キリン・アサヒといった4大メーカーに対して、果敢に挑戦していったのがカブトビールでございます。(全国の)最大のシェアで、約12%程度と聞いております」
本格的な製法に加え…。
名古屋を舞台としたジブリ映画『風立ちぬ』にも描かれた巨大看板など、ユニークな広告手法もあって、全国でたちまち人気となった。
しかし、戦況が悪化した1943年に工場は閉鎖に。
赤レンガ建物は軍需品を製造する工場の倉庫となった。
■“幻”のカブトビールを復刻へ…分析でわかった昭和の味の変化
時代の波に翻弄され“幻”となったカブトビール。その復活に向けたプロジェクトが動き出した。
半田赤レンガ建物を保存し活用する団体の馬場信雄さんだ。
『赤煉瓦倶楽部半田』理事長の馬場信雄さん:
「名古屋で、昔あったようなカブトビールの存在感を、ぜひとも復活させたいと。現代の味じゃなくて、忠実に当時の味を再現したい」
残されていたビールの成分分析をもとに、味や色を忠実に再現することにこだわった。
馬場さんたちはこれまで、明治・大正と、時代ごとのビールの再現を進めてきたが、昭和6年(1931年)ごろのカブトビールの分析や文献などから、大正時代までの味から、“大きな変化”があったことがわかった。
馬場さん:
「苦いということが前提のビールなんです。(当時は)1本あたりのビールの価格も高いんですよ。1本で満足する味ということは、やっぱり苦くすることによって飲みごたえがある味になる」
物資も不足していった戦争の時代に庶民が一本で満足できるように、苦みが強い飲みごたえのあるビールにしたという。
復刻のプロジェクトには、南知多町で地ビールを作る「知多麦酒」の醸造長・磯部健太郎(いそべ・けんたろう)さんが参加することとなった。
ホップの種類や量など試行錯誤を重ね、昭和のカブトビールの特徴である“苦み”を目指す。
■戦闘機製造の工場跡地に誕生したビール醸造所が社名やデザインに込めた思い
ビールと戦争には様々な関わりがある。ビールは、明治から大正にかけて日本で広がっていった。
日露戦争や第一次・第二次世界大戦の戦費調達のため、繰り返し増税の対象となったが、兵士の間でもビールは人気で、戦地でその味を覚える人も多かったという。
2021年にオープンした、東京都立川市の「立飛(たちひ)麦酒醸造所」。
小さな醸造所でつくる「クラフトビール」は、年々人気が高まっている。
明治時代には中小のビールメーカーが100社ほどつくられていたが、大正以降に増税の負担に耐え切れず、次々と廃業していた。
いまは、全国のブルワリーの個性的な味わいが、多くのビールファンを楽しませている。
『立飛麦酒醸造所』副醸造長の藤川貴之さん:
「こちらの、ベルジャンホワイトのビールが、昨年、見事金賞を受賞させていただきました」
この立飛麦酒という名前には、戦時の名残がある。
藤川さん:
「立飛っていう名前が、立川飛行機という飛行機を作っていた会社で、その由来で立飛ホールディングスという名前が残って、醸造所にも立飛という名前がついています」
醸造所がある場所は、陸軍の戦闘機・隼などの飛行機を製造していた工場の跡地だ。
「立川飛行機」を前身とする会社が、新規事業としてビールづくりに乗り出していた。
ラベルも立川の土地に根づく飛行機を元に、雲をイメージしたデザインに…。
飛行機を作っていた工場の「三角屋根」をイメージしたものもある。
藤川さん:
「実際、自分が飛行機の作り方とかは知らないんですけど、ビールを作るのもモノづくりの1つなので、細かい所にこだわったりとか、そういうところは引き継いでいるところなのかな。立川から世界へ、新しいスタイルのビールにも挑戦していきたい」
■再現した“幻”は1500本完売…戦後78年 ビールで思いを馳せる平和への歴史
2023年7月、かつて「カブトビール」の製造工場だった愛知県半田市の赤レンガ建物で、ビールを楽しむイベントが開かれた。
イベントでは、復刻した昭和の「カブトビール」が販売された。
「赤煉瓦倶楽部半田」の馬場さんたちが挑戦したかつての“苦み”は、どう仕上がったのか。
来場者の男性:
「今っぽいラガー感が強まっているかな」
別の来場者の男性:
「苦味がきついというか、それがいい」
また別の来場者の男性:
「待ってました、昭和を。喉ごし最高、苦味が喉スッキリ」
用意された1500本は完売。多くの人が“幻”のビールの味を楽しんだ。
馬場さん:
「現代の人たちは、あまり苦みのないビールを飲まれているから、果たしてこのビールが皆さんに受け入れられるか大変心配でした。結果としては、今のビールにない珍しいビールということで、非常にみなさんに好評いただけたものですから、大変ありがたかったなと思います。とにかく、歴史とともに味わっていただきたい」
戦後78年目の夏。ビールとともに、歴史に思いをはせるのもいいかもしれない。