三重県の伝統行事、桑名市の多度大社の「上げ馬神事」が「動物虐待だ」と批判を集めている。伝統としてその形を守り抜くべきか、時代に合わせて変えるべきか。700年の伝統が揺れている。

■馬が殺処分され批判相次ぐ 伝統の祭り「上げ馬神事」に改善勧告

 三重県桑名市にある多度大社の「上げ馬神事」が2023年5月4日と5日、4年ぶりに行われた。

【動画で見る】歴史の継承かアップデートか…“動物虐待”との批判で揺れる『上げ馬神事』700年の伝統が迎えた転換期

上げ馬神事は、斜面を駆け上がった馬が、壁を乗り越えた回数でその年の吉凶を占う伝統の祭りだ。

この伝統について三重県教育委員会が8月17日、「改善勧告」を出した。

三重県教育委員会の福永和伸教育長:
「上げ馬神事について、文化財の保持団体である多度大社に対しまして、神事の改善を促す勧告を行いました。馬にとって過酷な状況になっているのは間違いない」

馬が越える壁の高さは約2メートルあり、馬術競技の最も高い障害物(160cm)を約40センチ上回る。

また、壁の前の坂も急勾配だ。

馬も当初の「在来馬」ではなく、徐々に競走馬である「サラブレッド」が用いられるようになり、2023年の祭りでは上り切れなかった1頭が足を骨折して殺処分され、批判が相次いだ。

これまでも同様の事故があったうえ、馬をロープで叩く行為も指摘され、反対派の市民団体からは「上げ馬」廃止を求める約2万人分の署名が県などに提出された。

多度大社の参拝客でも、意見が分かれている。

男性:
「残してた方がいいんじゃないですかね。やっぱり古くからあるやつなので」

女性:
「やめてほしい、お馬さんかわいそう。(坂を)上らなくていい」

別の女性:
「長い歴史ですから、これをなくすというのは難しいと思うんですよね。動物に対してもうちょっと配慮あって、ちょっとだんだん方向性を変えていくと、周りの見方も変わっていくんじゃないかなと思うんですけど」

2020年施行の改正動物愛護法で、動物に外傷が生じる恐れのある行為は、1年以下の懲役または100万円以下の罰金になる可能性があると明記された。動物に向けられる目はより厳しくなっている。

■「地域の活力になる」…経験者の複雑な思い

 「経験者」は複雑な思いだ。15歳の時に「乗り子」として馬にまたがり、神事に参加した小林敏彦さん(71)もその1人だ。

小林敏彦さん:
「一回だけ坂上がった。もう、めちゃくちゃ嬉しかった。村の人が嬉しがって『高校合格したくらい嬉しいわ』って言った覚えあってさ」

当時の喜びを振り返り「今のままで」との思いだ。

小林さん:
「祭りのメインは坂上げやもんな。上がらなもうガックリだしさ。上がればもう万歳でさ。地域の活力が出るのは出るわね。別に今のままでいいって俺は思うんだけどさ。何を改善するんだろうな」

壁を乗り越えるという「地域の共通目的」が、町の活力にもなってきたという上げ馬神事。「改善は必要ないのでは」というのが経験者の思いだ。

■動物を扱う行事は相次ぎ変更や廃止 沖縄の「糸満ハーレー」は今が過渡期

 しかし時代の変化とともに、動物を扱った行事は徐々に姿を消しているのが現状だ。江戸時代から高知県で盛んに行われた「土佐の闘犬」は、動物愛護の意識が高まり、6年前の2017年に県内の闘犬施設が閉鎖された。

沖縄の名勝負、ハブとマングースの「決闘ショー」は、2000年に爬虫類が動物愛護法の対象に加わってからは、形を変えた。

そして、今まさに存続が危ぶまれている祭りが、沖縄県糸満市で500年の歴史を誇る「糸満ハーレー」だ。

航海の安全や豊漁を願う市の伝統行事で、手漕ぎの舟による競漕で知られている。しかし、この祭りの中で海にアヒルを放ち、捕獲する際、アヒルの体を鷲づかみにする「アヒラートゥエー(アヒル取り競争)」が問題とされた。

2023年7月、動物愛護活動に取り組む東京のNPOが「アヒルへ乱暴行為」だとして、行事委員会の関係者らを警察に刑事告発した。

岡田千尋 代表理事(NPO法人アニマルライツセンター):
「もうすでに時代に合っていないのではないか。伝統だったとしてもですね、動物虐待という負のイメージを持たないものに変えていただくことが必要だと思います」

動物を虐げる「伝統」をもう求めていないのかもしれない。

ただ、かつて「上げ馬神事」で乗り子をつとめた小林さんは、「馬への愛情」は欠かしていなかったという。

小林さん:
「そらもう愛情もって育てなあかん。好きで飼うやつだでさ、そらもう大事大事。俺も祭りがなくなるってって、そんな考えたことないもん」

伝統の継承か、それとも廃止か。

■獣医の配置に勉強会の開催…アップデートを選んだ伝統行事も

 時代の変化に合わせ、趣向を凝らしながら「アップデート」を選んだ伝統行事がある。300年以上続くとされる新潟県小千谷(おぢや)市の「牛の角突き」は、国の重要無形民俗文化財に指定されている闘牛の祭りだ。

小千谷闘牛振興協議会の会長:
「牛は戦いが好きなんですね、結構出て行くところから喜んで出て行く。それを楽しませて、一緒に楽しむ感じ」

犬や猫がじゃれあうように、角を突き合わせるのが好きだという牛に「無理強い」するのではなく、その習性を生かしている。

「じゃれあい」からヒートアップしないよう、人の手で2頭を引き離すサポートもしている。

それでもこの日も、ヒビが入ったのか出血することもあり、ケガは付き物だ。

獣医:
「ちょっと先が欠けているかも」

飼い主:
「そうですね」

獣医:
「根元に今薬塗ったので、しばらく痛いと思うわ。そっとしておいた方がいい」

これも、時代に合わせた「アップデート」のひとつだ。

小千谷闘牛振興協議会の菅会長:
「私達の所では、やっぱりケガとか病気が非常に重要になって。2013年に動物愛護法の改正、その時に動物同士を闘わせるということが議題になったので、獣医を入れるとか、様々な対策を取った」

万が一に備えて、会場に獣医を常駐させるほか…。

祭りの関係者が、動物愛護への理解を深めるための勉強会も開催。

「上げ馬神事」とはスタイルが異なるものの、これまで批判的な意見は寄せられていないという。

■「上げ馬神事」の今後は…専門家「納得いく形で維持することを前提に」

「上げ馬神事」は今後どうしていくのがよいのか、動物福祉の専門家に話を聞いた。

中部大学特任講師・アニマルウェルフェア国際協会・上野吉一会長:
「ほとんど偶然を狙ってしかできないことをさせている。無茶なことをさせている。約700年大きな流れとして続いているのかもしれないけど、今の時代に合わせた変化というものを『なぜ受け入れられないんですか』という声も意識する必要がある」

しかし性急な「廃止論」には、慎重な意見を付け加えている。

上野吉一会長:
「祭りというコミュニティに対する働き、役割を全く無視した議論にどんどんハマっていってしまって、それはそれで大きな問題だと思う。納得いく形で維持することを前提に、そういうチャンスをしっかり持ってもらいながら進めることが必要じゃないかと思います」

議論を巻き起こした「伝統」は、転換期を迎えている。

2023年9月22日放送