髪を失った女性が気楽に過ごせる場に…がんサバイバーたちが集う美容室 ウィッグの調整や修理通じ心も整える
がんを経験した後も生きていく「がんサバイバー」たちが集まる美容室が、愛知県岡崎市にあります。この美容室では、抗がん剤治療で髪を失った女性たちが使うウィッグを整えたり、修理したりしていて、心の支えとなっています。
■経営者も経験者…“がんサバイバー”が集う美容室
愛知県岡崎市の美容室「アトリエ・リリー」。
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普通の美容室のようですが、話しているのは、「ウィッグ」や「かつら」についてです。
女性客:
「ここにウィッグつけて、こうアップしたいからこれを全部こう…」
アトリエ・リリーの石黒智恵さん:
「バックにね」
「アトリエ・リリー」は、がんを経験した女性たちが集まる美容室です。この美容室を営む、美容師の石黒智恵(61)さんも、かつて乳がんを患った「がんサバイバー」です。
石黒さん:
「今は8割ぐらいが、“がん経験者”のお客様です」
抗がん剤治療で抜けた髪があまり戻らず、ウィッグをつけている女性が店にやってきました。
まずは、ウィッグを外して、専用のシャンプーで丁寧に洗います。
マネキンの上に乗せて、ウィッグを自然な感じに整えて…。
ウィッグに合うよう、伸びた地毛をカットしました。
石黒さん:
「だけど伸びましたよね、ここ」
女性客:
「本当?」
仕上がったヘアスタイルは、ウィッグを付けているようには見えません。
女性客:
「再発とか転移とかもしたので、抗がん剤治療が長くて、奇跡的に生きてられるけど、髪はあまり生えてこなくなっちゃった」
美容室は、完全予約制のプライベートサロンです。
■身内にもがんのことを話せない人も「悩み聞いてくれて笑いと元気くれる」
客の中には身内にも、がんになったことを話せず、病気の不安を打ち明ける人もいました。
石黒さん:
「もう終わったんでした?ホルモン治療」
乳がんを経験した女性客(60代):
「まだやっています。今4年目。あと1年飲んでその後どうするか」
石黒さん:
「そうですかぁ」
乳がんを経験した女性客:
「 (がんになったことは)兄弟とかには、はっきりいってあんまり心配させたくないので。両親はいないんですけど、話していないです。(石黒さんは)悩みとかいろんなことを話しても聞いてくださって、心に笑いと元気を与えてくれる」
美容室は2016年にオープンし、口コミや病院からの紹介で予約は一杯で、がん経験者の「駆け込み寺」となっています。
■母親もがんで亡くす…自分も罹患して芽生えた“共有できる場所”の大切さ
美容室をオープンして以降、石黒さんは多忙な日々を送っています。
石黒さん:
「1日2食なので、お昼食べないんですよ。時間がないから。休憩がないので、朝から晩まで」
石黒さんは、夫の健司(71)さんと2人暮らしです。健司さんは、店の経理を担当して石黒さんを支えています。
石黒さんの人生は、まさに「がんとの闘い」でした。10歳の時に、母親を卵巣がんで亡くしました。母親はまだ32歳で、あまりにも早すぎる別れでした。
その後、結婚して2児を授かり、子育てが一段落してからはウィッグメーカーで美容師として働いて抗がん剤治療を続けるがん患者と接してきました。
石黒さん:
「忘れもしない。12月31日の朝起きた時に、寝床で最近チェックしていなかったと思って、この辺(左胸)を触ったときに、あっ、あるじゃんっていう感じで」
診断は「乳頭腺管がん」、49歳の時でした。2度の手術で右の乳房を失い、仕事は辞めました。
ただ、自ら「がんサバイバー」となったことで、“ある思い”が芽生えたといいます。
石黒さん:
「自分ががんになったから色んな思いが出てきて。一番困ったのは、治療はある程度落ち着くとそんなに病院に行かなくなるんですね。病院に行かなくなると、病気のことを共有できる人間が周りにいなくて。美容室があって、髪が戻った後もカットに来ていただいて、お話できたらいいなと思ってお店を始めました」
客の菱田慎奈実(ひしだ・まなみ 51)さんは、45歳の時に乳がんを発症して以来、店に通い続けています。
抗がん剤の影響で髪が抜けた時は、ショックを受けました。
菱田さん:
「全部抜けて、本当つるつるになりました。髪の毛にすごい執着があったんですよね。小さい頃から髪を伸ばしたいとか。そういう執着があったから、余計に辛かったですね。 (石黒さんを)頼りにしていましたね。結構メソメソと泣き言も言っちゃったので」
今は元通り髪が生えましたが、忘れられない記憶があるといいます。
菱田さん:
「かつらを洗ってくださったんですね、手で。石黒先生の手が荒れていらっしゃるのにね、いつも手で洗って下さったじゃないですか。助けていただいてありがたかったなって」
美容室では、髪を整えるだけでなく、不安を抱えるお客さんの心も整えてきました。
■いつかウィッグがなくてよい時代を…“心の支え”の修理やバザー開催
“いつまでも、おしゃれでありたい”。がんで髪を失った女性にとって、ウィッグは心の支えです。
石黒さんは既製品を販売するだけでなく、お客さんにより似合うよう、毛が抜けたウィッグを修理することもあります。
石黒さん:
「根気がいりますね。すごくね。お客さんの喜ぶ顔を想像しながらやるとね、ちょっと頑張れますね。気に入ったウィッグがあるからちょっと出かけようかなという気分にもなるし、仕事している人は仕事続けられるし、割と大きな存在みたいですよ」
石黒さんはボランティア団体を立ち上げ、2023年11月には愛知県岡崎市でウィッグのバザーを開き、全国から寄付された様々な色や形のウィッグを販売しました。
通常およそ10万円するウィッグが、1000円から5000円で販売され、売上の大半は地元の児童養護施設に寄付されます。
寄付されたウィッグには、新しい持ち主への手紙が添えられていることもあります。
石黒さんを支えるスタッフも多くが「がんサバイバー」です。
女性スタッフ:
「私も自分自身が乳がん罹患者でありまして、本当に生きていて丸儲けだと思っているので。治療で生きることにしがみつこうと思っているので」
別の女性スタッフ:
「子宮頸がんです。手術して子宮取りました。普通に過ごせるのがありがたいなと思います」
同じ苦しみを経験したからこそ、相手の気持ちがわかります。
お客さん:
「やっぱりがんのこと話せる人っていませんよね」
女性スタッフ:
「重くなっちゃうのも嫌だしね」
お客さん:
「そうそう、そうなんですよ」
試着したお客さん:
「いいかも。前のやつに今戻りたくない感じかも」
女性はウィッグ2つを6000円で購入。乳がんを発症して10年、今ではウィッグでおしゃれを楽しもうという気持ちに変わりました。
試着したお客さん:
「まだ治療中なので。(ウィッグが)まだまだちょっと必要かなと思うので」
いくつになってもキレイでいたい。それは「がんサバイバー」にとっても同じです。
石黒さん:
「熱望するのは、髪の毛の抜けない抗がん剤ができると一番女性にとってはうれしいし、もうちょっと積極的に治療に挑めるんじゃないかなと思いますね。私がこういうウィッグを提供しなくてもいい時代が早く来てほしいと思います。(美容室で)私がその方の寿命を延ばしてさしあげられるわけでもないので、ただここに来てなんかちょっと人には言えない話を気楽にしていただける場所であったらいいなと思いますね」
2023年12月5日放送