愛知県岡崎市で700年近く続く、味噌メーカー「まるや八丁味噌」は、岡崎の名物「八丁味噌」の元祖の1社と呼ばれてきた。しかし2017年、国が地域ブランドとして守ることを目的にした「GI=Geographical Indication(地理的表示)」保護制度に「八丁味噌」が認定された際、その登録に「まるや」が含まれなかった。

社長の浅井信太郎さんは異議を唱えてきたが2024年春、最高裁で敗訴が確定し、2026年からは「八丁味噌」の名称を自由に使うことができなくなる。

7年が経ち、浅井さんはこのピンチをチャンスに変えようと奮闘している。

■“元祖”のはずが…創業700年の老舗味噌メーカーを襲ったピンチ

 名古屋めしに欠かせない「八丁味噌」をめぐって、2017年から“ブランド論争”が起きていた。

【動画で見る】地域ブランド“八丁味噌”の登録に含まれず…老舗『まるや八丁味噌』ピンチをチャンスに変える75歳社長の奮闘

農林水産省が産地の風土などを特徴とする食品などについて、地域ブランドとして守ることを目的にした「GI」保護制度は、“国のお墨付き”ともいえるこの制度で、2017年に八丁味噌が認定されたが、近代的な製法を認める名古屋の組合の「八丁味噌」が登録されたため、組合に加盟していない「まるや」は含まれなかった。

市民の女性:
「当たり前に『私たちの八丁』という感じで…」

市民の男性:
「こっちが元祖だぞというあれはある」

老舗メーカーの1つ「まるや八丁味噌」の浅井信太郎社長(75)は、別団体の八丁味噌が登録されたことに異議を唱えてきたがこの春、最高裁の判決で敗訴が確定し、2026年からは「八丁味噌」の名称を、自由に使えなくなる。

浅井信太郎社長(2018年):
「どうして私たちが、この時点でニセモノになってしまうんだろう。これがあまりにも理解できない」

市民の男性:
「いままでずっと使ってきたブランドに対しての配慮っていうのがないといかんよね。それは」

市民の女性:
「それはちょっとないんじゃないかなって。違うでしょって。普段、なにげなく普通に思っていたことが取り上げられてしまうようなイメージですよね」

地元の岡崎市では“怒り”の声があがった。

1337年に創業し、江戸時代から八丁味噌を作り続けてきた「まるや八丁味噌」は、今回の決定をどう受け止めているのか。

「徳川家康」を尊敬してやまないという浅井社長に聞いた。

Q.家康だったらこの状況を何と言うと思うか

浅井社長:
「『屁でもねぇことだ』と言われそうだ。起きたことはしょうがないことなので、必ず、よく言う『明日は来るよ』。命まで取られることはない」

■江戸時代から頑なに守り続けてきた昔ながらの製法

 愛知県岡崎市の八帖町(はっちょうちょう)にはその名の通り、八丁味噌の蔵が連なっている。

八帖町は徳川家康が1542年に誕生した岡崎城から西へ八丁、約870メートル離れたところにある。老舗の味噌蔵、「まるや八丁味噌」は、江戸時代から頑なに、昔ながらの製法で味噌を作り続けてきた。

原料の大豆を蒸して、麹菌で発酵させた「味噌玉」を、直径2メートル以上もある木桶に流し込み、足で踏み固めて余分な空気を抜く。

梯子を登り、桶を見渡してみると、景色が変わる。

浅井社長:
「おそらく何百年間もここで使われている。整然としてここにいる。これを昔、誰が触ったのか。少なくとも私がいま75歳で、ここに40年ぐらいいるんですけど、変わったことはないなと思って。淡々とこの風景は続いているんですよね。それを踏襲していくことが私どもの役割かなと。これを着実に守っていきたいなと」

■「東海地方の味」が「世界の味」へ…海外からの引き合いが高まる八丁味噌

 受け継いできた伝統。その1つが仕込み帳、いわゆるレシピだ。

1721年に書かれたという八丁味噌の「仕込み帳」。これが忠実に守られ、「東海地方の味」として、親しまれてきた。

八丁味噌はいま、健康志向の高まりや円安の影響で、海外からの引き合いが高まっている。

深いコクが他にはないと評価され、20カ国以上に輸出。

インバウンドの波に乗り、外国人の見学客も増えているという。

浅井社長:
「やっぱりアメリカ多い。フランス人ツアーとか、ドイツも来るし。ヨーロッパ全域から。スペインも来るし、イタリアも来るし。日本の代表的な伝統を守り続けている、それを皆さんに紹介したい」

■「ピンチはチャンス」と次々と新たな取り組み

 GI制度の問題で「まるや」は「八丁味噌」の名称を2026年から自由に使えないことになったが「ピンチはチャンス」と、浅井社長が新しい手に打って出る。

この日、浅井社長は岡崎市にあるスーパーマーケット「ヘルシーメイト」を訪れた。浅井社長自ら店頭に立ち、八丁味噌で味噌汁を作ってお客さんに試食してもらう。

「おはようございます」と丁寧にお客さんに挨拶しながら八丁味噌をすすめる浅井社長だが、時には断られることもあるという。

浅井社長:
「人間って必ず恥ずかしさがあるじゃん。なりきると恥ずかしさが減る」

試食した女性客:
「コクがあるんですけど、軽やかな感じ」

別の女性客:
「(社長に)お会いできてよかった」

浅井社長:
「うれしいです。またぜひ皆さんで蔵に来てください」

浅井社長は「八丁味噌」という名称も大事だが、その伝統を残すことの方がもっと大切だと考えている。

浅井社長:
「最大限社長としてやれることは消費者の方と会うこと。もちろん団体の人とも会うし、世界の人とも会う。だから無駄な時間はひとつもない。あくまでも消費者の方たちと一緒にいること。この人たちの期待を裏切らない」

常に消費者とともに。味噌蔵の案内も、進んで行う。

蔵を訪れた男性:
「沖縄から仕事で来ていまして。歴史を知ると人に紹介したくなるので。やっぱりこのあとお土産も見て、見たことを語りながら渡したいと思います」

■ビーフシチューの隠し味に八丁味噌を使ったら…人気の看板料理に

 伝統は守るだけではない。岡崎市の洋食店「地産地消レストラン 味くりげ」では、従来のグルメに八丁味噌を加えることで、新しい食の可能性も探っている。

この店で出していた「ビーフシチュー」に、隠し味としての八丁味噌をアドバイスしたところ、味にコクが出て人気になったと喜ばれている。

地産地消レストラン 味くりげの2代目 石井宗太さん:
「社長のおかげで看板料理になりましたから。これを求めていらっしゃいますね。本日もほとんど皆さん、八丁味噌のビーフシチューを召し上がっていきました」

2024年で75歳を迎えた浅井社長。最高裁の判決については「無念で残念だが守るべき文化は今後もしっかり守り続けていく」と話し、商品の名称などについても「まるやと消費者にとって良い方向を見つけるべく探っていきたい」と考えを巡らせている。

いまはピンチをチャンスに変えようと奮闘している。

浅井社長:
「期待されている。あいつに期待をしたらやってくれるかもしれない。そういうのがきっとあるのかなと。75歳でありながらこういう生き方もできるのかと、誰かがいいじゃんと言ってくれるならいい」

2024年6月19日放送