なんとなく×好奇心から…新聞記者が『町内会長』になってみたら町はこうなった 小さな気付きが地域を元気に
名古屋に本社を構える中日新聞の現役記者が、地元の『町内会長』を務めている。町内会に飛び込んだことで知った課題などを、自ら新聞記事にして連載を続けていて、今や人気シリーズとなった。加入率が下がり続けている町内会を何とかしようと、悪戦苦闘する姿を追った。
■市長もたじろぐ鋭い質問…新聞記者のもう一つの顔は「町内会長」
名古屋市の定例会見で、河村たかし市長に質問をぶつけるのは、中日新聞で18年目のベテラン記者・鈴木龍司(すずき・りゅうじ 41)さんだ。
鈴木龍司さん:
「ちょっと教育の話をお聞きしたくてですね、改革プランを作っていると思うんですけれども、その辺の対策というか考え方について、まずお聞かせください」
河村たかし市長:
「先生が忙しいばっかりだで、それはそうなんだけど…」
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名古屋市の行政担当として、生活にかかわる名古屋市の動きや選挙などを取材している。
鈴木龍司さん:
「権力の監視も一つなんですけど、なるべく住民の人目線で記事というかネタを探して記事を書いて。行政としても、足りない問題が起きているんだったら改善しよう、となるケースもあると思うので」
新聞記者として多忙な日々を送る中…。
とある日の早朝、交差点に立ち、黄色いベストを着用して「旗当番」をしていた。
鈴木龍司さん:
「結構タイトなんで。なるべく時間を守れるように…」
鈴木さんは、「町内会長」としての顔も持っている。旗当番の後は、地域の行事を取り仕切る会議にも参加していて、大忙しだ。
町内会という言葉を聞くと、“めんどくさそう”というイメージを持つ人も少なくない。
総務省のデータによると、町内会・自治会への加入率は、2010年の「78.0%」から、10年間で「71.7%」まで低下している。時代の変化に伴い、特に若い世代にとって、その意義は微妙なところとなっている。
鈴木さんが会長を務める、名古屋市北区の町内会の加入率は「50%」と、平均を下回る苦しい現状だ。
■町内会を知るキッカケに… 記者のならでは「究極」のローカル新聞
多忙な新聞記者の傍ら、プライベートの時間を削ってまで町内会長との“二刀流”を引き受けた理由について鈴木さんは、「なんとなく」「好奇心」だと話す。
鈴木龍司さん:
「町内会長のなり手がいないということで。当時、町内会自体を維持できないんじゃないかっていう話になっていたみたいですけど、(町内会が)あるっていうことさえあんまり意識がなくて。町内会の事は分からなかったんですけど、“なんとなく”なくなってしまうのはもったいないなとか。どういう世界なのかなっていうのを思って。もしかしたら“好奇心”なのかもしれないですけど」
新聞記者のなせる業か、少し変わった動機だが、胸に秘めた信念がある。
新聞記者としてのスキルをいかして、学区の地域新聞「東志賀ヒーローズ」を立ち上げた。編集長はもちろん、鈴木さんだ。
コンセプトは「子供を巻き込む、究極のローカル新聞」で、作り始めて2年間、毎月欠かさず発行している。
鈴木龍司さん:
「僕自身がその町内会長をやるまで、例えば盆踊りとか夏まつりとか、誰がこのお祭りとかの準備をしているかっていうのをあまり知らなくて。『イベントってこういう人がやってるんだ』みたいなのを知ると、将来自分もやろうかなって思ってくれるんじゃないかなっていう期待も込めて」
東志賀学区長 山崎悦男さん:
「若い方に町内会長やってもらえるようになるともっと地域が活発になるのではと、その先駆者として鈴木さんがね、すごく頑張って頂いている」
鈴木龍司さん:
「泣けてきます」
取材ももちろん、鈴木さんが自ら行っている。
鈴木龍司さん:
「ラジオ体操はどうですか?」
住民の女性:
「老人会だけでやっとたんだけど、子供会が入れてくださいと」
鈴木さんの取材によると、東志賀学区では、夏休み中の老人会のラジオ体操を、子ども会と合同開催している。子どもがお年寄りに混ざり、公園に100人余りが集まる恒例行事だということだ。
鈴木龍司さん:
「お年寄りもお取り寄りで、毎年子供がこの時期来るので楽しみにしていて。そういうところの繋がりとして、『東志賀ヒーローズ』で今年も紹介したいなと思って」
何気ない、地域の朗らかな光景を真剣な表情で写真に収めたら、住民と一緒にラジオ体操をする。取材者であり、当事者。取材しながら参加するスタイルで、ネタを集めている。
取材を重ねて出来上がった地域新聞やチラシは、自ら「配達」している。学校に配るだけでなく、町内会11カ所の掲示板を回り貼りかえていく。
こうした活動もあり、2023年度は、新たに2世帯が町内会に加入したということだ。
鈴木龍司さん:
「まずは何をやってるかっていうのを、もっと広く知ってもらうということと、関わりしろをどんどんあの広く広げていくっていうことはなんか今の最大の課題かなと思っています。このあとは家でちょっと休憩して、泊まりの勤務なんで」
■町内会長の体験を“新聞記事”に 長期連載の「町内会長日記」
「東志賀ヒーローズ」のような骨の折れる作業は、新聞記者としての“本業”にも生かしている。
中日新聞の仕事として書き始めた連載『「町内会長日記」~コロナ時代の共助~』は、2021年6月から始め、長期シリーズとなっている。
鈴木龍司さん:
「(住民も行政も)こういう課題とかこういう状況に直面している。どうなんだろうねっていうのを一緒に考えるじゃないですけど、前向きに考えていくみたいなコンセプトで書いています。今まで何気なくやってきたこととか何気ない地域のつながりっていうのが、一旦コロナで絶たれることによって、色々な影響が出るんじゃないかなって。そこで記事を書く、新聞記者やってるんで」
小さなコミュニティで感じた課題を、多くの読者に投げかける。「町内会長記者」ならではの伝え方だ。
■「町内会を一緒にやるのが当たり前に…」 3年ぶりに夏祭りが復活 大切にしたのは“子供たちとの繋がり”
2023年夏、町内会の夏まつりが3年ぶりに完全復活した。この一大イベントの実行委員長も「町内会長」の鈴木さんだ。
祭りにも、鈴木さんなりの「工夫」があった。祭りの司会をつとめているのは「子供たち」だ。
子どもの司会:
「町内会長の鈴木さんに、始まりの挨拶をお願いしたいと思います」
狙いは、地域のイベントに子どもたちを巻き込み、「つながり」を身近に感じてもらうことだ。
会場では、子どもたちがダンスやショーをする場も設けられた。
夏祭りに参加した子供:
「ダンスみるの楽しかった」
母親:
「町内会っていうとお掃除とか当番とかいいイメージが無いですけど、こういう事があると参加しやすくていいです」
鈴木龍司さん:
「小さいころ経験したらうっすらそういう記憶が残っていて、『将来地域でやろう』っていったときに一緒にやるっていうのが当たり前だっていうのが、あるかないかで全然違うかなと思っていて。問題の解決って難しいかもしれないけど、そういう場でもあるかなと思っていて」
子供たちや若い人が町内会活動に「参加したい」と思えることが、人が減りゆく地域を活性化することにつながるかもしれない。
夏まつりを取り上げた「町内会長日記」。今回も、この地区で暮らしている人たち1人1人に、スポットがあたっている。
町内会長日記の紙面:
「子どもの視線を集めたのが、電気関係の仕事をしている池山さん(77)。少年の目には『かっこいい大人』と映ったに違いない。町内会をはじめとする地域活動は、学びの最適な舞台ではないか」
記事の最後は、学区長から聞いた言葉で締めくくられた。
町内会長日記の紙面:
「子どもって、地域の大人の背中を見て育つんだよね」
地域の課題と向き合う中で見えてくる小さな気付きや発見を、新聞記者として、町内会長として、発信し続けた。
■100回目で連載終了…町内会長をしたから見えたもの
鈴木さんは2024年2月、アメリカのワシントンへ特派員として赴任することとなった。そのため、2021年6月から続けてきた中日新聞のシリーズ「町内会長日記」は、100回目の連載で終わりを迎えた。
最後の連載は『「共助」は身近にあった』というタイトルで、町内会長をしたからこそ出会った人たちのこと、気付けたこと、そして学べたことなどが書かれている。町内会の役員との写真と、これからの地域を担ってくれる子供たちに囲まれた写真が掲載された。
記事によると、アメリカでも「町内会」がある住宅を探しているということだ。