重い病気の子供を遠く離れた医療機関へ搬送できる『ドクタージェット』の運航が、愛知県の県営名古屋空港を拠点に始まっている。一刻を争う医療の現場で、命を繋ぐ心強い存在として期待が高まるが、1回250~300万円とされる費用面の課題が立ちはだかっている。

■小児医療の「地域格差」解消のために…試験飛行始まる

 愛知県豊山町の県営名古屋空港にある「中日本航空」は、2024年4月から、ドクタージェットの試験飛行を始めた。

【動画で見る】救える命を救いたい…医療現場の希望の翼『ドクタージェット』と課題「今は“お金ないから子どもの命諦めろ”に」

数人乗りのビジネスジェットをストレッチャーが入るように改造したもので、患者と医療スタッフ数人が乗る形で運行している。

患者には心電図・呼吸数・脈拍数・酸素飽和度のモニターを付け、移動中も前の病院の治療を継続しながら、さらに良くしていけるように処置をしている。

ドクタージェットは、心臓病など重い病気の患者を搬送する目的で始められ、福岡から東京といった日本列島を横断するケースを含む6人の患者を運んできた。誕生のきっかけにあるのは、『小児医療の地域格差』だ。

あいち小児保健医療総合センター 伊藤友弥医師:
「PICU=小児集中治療室が、割と太平洋側に設置されている。ある場所とない場所とでは、治療の格差が出る可能性があります。それを埋めるためにも、短時間で搬送できる手段は必要かなと思います」

小児の集中治療室「PICU」は、国内には35カ所あるが、実はそのほとんどが東京・大阪といった太平洋側の大都市部に整備されているため、全国規模で見ると空白地帯があるのが現状だ。

その問題を解消できるのが、ドクタージェットだ。これまで空の救急搬送の主流とされてきた「ドクターヘリ」は、各都道府県が運用し、基本的な航行エリアは半径75km圏内とされてきた。

ドクタージェットは、航続距離およそ2000kmと、日本列島をほぼカバーでき、地方からPICUのある都市部の病院への転院・搬送が可能になった。速度も時速760kmと、ドクターヘリの3倍ほどで、夜間や悪天候でも飛べるのがメリットだ。

2024年4月には、金沢大学附属病院に入院していた心臓病を患う0歳の男の子が、石川県の小松空港から県営名古屋空港に到着し、その後、大府市のあいち小児保健医療総合センターに移された。

あいち小児保健医療総合センター 伊藤友弥医師:
「ドクターヘリよりも広いですし、機体も割と安定していると思う。ちょっとした処置に関してはドクターヘリよりはやりやすい」

■ドクターヘリより静かで会話可能…ジェットの強み

 記者が患者役となり、試験飛行に同乗させてもらった。

ストレッチャーにはレールがついていて、機内に入ってからも振動は少なく、小回りが利いて速やかに搬送された。

離陸した後も、通常の旅客機と何ら変わらないくらいの静かさと振動の少なさだった。安定感もあり、怖いと感じることはなかった。

ドクターヘリなどと比べて、ドクタージェットは「静かでコミュニケーション取れることがいいこと」と伊藤医師は話す。

あいち小児保健医療総合センター 伊藤友弥医師:
「ドクターヘリとか防災ヘリとか乗ったことあります。ヘリの中は会話もかなり難しいです。上のローターが回ってるので、極端な話、(コミュニケーションを)ジェスチャーで取るしかないことも多い。ドクタージェットは静かですね。医療従事者同士のコミュニケーション取れるのが良いかなと思いますね」

■手段さえあればあの子供たちは今…

 ドクタージェットは、長距離をすばやく移動し、さらには患者へのストレスを軽減する。この取り組みを始めたNPO法人「JCCN(日本重症患者ジェット機搬送ネットワーク)」の福嶌教偉(ふくしま・のりひで)理事長は、自身が心臓外科医だったころ、ある悔しい経験をしたという。

NPO法人JCCN 福嶌教偉理事長:
「秋田とか鹿児島とかで心臓移植が必要な子供さんがいて、その患者さんを運ぼうと思ってもほとんど運ぶ方法がなくて、最終的に自衛隊に頼んでもその時はダメで。運べずに亡くなった。そういった患者さんはもっとたくさんいらっしゃると思うんですね。そういった子供さんを助けたい」

日本小児循環器学会などが2017年から2022年にかけて行った調査によると、ジェット機の搬送が必要と判断された小児患者の数は225人だった。

しかし、このうち3人の子どものケースでは、空路での搬送が実現することなく命を落とした。ドクタージェットはその翼に、医療現場の無念を背負っている。

■救える命を一人でも多く…地上では「ドクターカー」導入

 名古屋市中川区の名古屋掖済会(えきさいかい)病院は2024年8月、最新のドクターカーを導入した。

患者を病院へ搬送するまでの間もタイムリーな処置ができるよう、消防の救急車とは一味違う、充実の医療設備が搭載されている。

普通の救急車では、ストレッチャーが壁に寄っていることがほとんどだが、中央付近に置かれている。ストレッチャーの両サイドにもスペースが出来ることで、医師や看護師らが左右どちらからでも処置できる。

長時間、安定した心臓マッサージを自動で続けることができる機器「ルーカス」や、搬送中から腹部の出血などを確認するエコーに加え、レントゲンも撮影できる。

名古屋掖済会病院 救急科 後藤縁センター長:
「一定の質で胸骨圧迫してくれますし、これがやってくれる分、医療者も手が空きますので、他の処置ができるので有用な機械だと思う」

撮影したレントゲン画像や脈拍数といったデータを病院に送信することや、車内の映像をリアルタイムで病院に共有することもでき、病院までのタイムラグを徹底的に排除した。

搬送段階からの本格的な処置は後遺症の低減にもつながるという。

ドクターカーによって“数分早く”処置が出来ることが、命を助けることに繋がるという。

名古屋掖済会病院 救急科 小川健一朗医師:
「ここまで積んでいる(ドクターカーは)あまりないんじゃないですかね。現場で情報を収集して、病院側で準備しておく。実際の光景が分かれば、その程度の重症患者が来るかわかる。10分くらい前倒しで色々な物事を進められる。重症患者さんは数分の間に心停止してしまいますので、その数分を稼ぐというのが大きなポイントになると思います。今まで助けられなかったようなギリギリの命を頑張って拾い上げるのが、今回の目的の一つであるかなと思います」

■「お金がないから子供の命を諦めろ」になっている

 1分でも1秒でも早ければ助かる命がある。ただ、そのためには現実的な課題もある。1番の問題は『お金がかかる』ということだ。

NPO法人JCCN 福嶌教偉理事長:
「大体平均250万から300万円ぐらいかかります。その費用を特に小さな子供を持つ親に急に出せと言うわけにはいかないですよね。今はほんとに寄付に頼っていますので、何とか善意のあたたかい支援を頂きたいなとは考えています」

現在、ドクタージェットの運用資金はホームページで募る寄付に頼らざるを得ないのが現状だ。試験運用の結果を検証して2025年、国に提出し、補助金の対象となる事業として認められることを目指している。

NPO法人JCCN 福嶌教偉理事長:
「やはり費用を何とかしなきゃいけない。お金がないから『子供の命を諦めろ』って話に今はなってる。そうではなくて、まず患者の命、子供の命を考えられるようにしたいというのが私の望みです」

2024年11月1日放送