従業員への暴言や理不尽な要求などの迷惑行為、いわゆる「カスハラ」が深刻化し、対策が進んでいる。「お客様は神様」とされてきた日本では誰もが陥りやすく、かつて加害者だった男性も当時は自覚がないまま、カスハラを繰り返していたという。

■実際に退去のケースも…「カスハラ」に悩まされた介護施設が導入した制度
 名古屋市瑞穂区の有料老人ホーム「めぐらす瑞穂公園」は、介護が必要な高齢者らが入居している。この施設でも、一部の利用者やその家族からのカスハラに、長年悩まされてきた。

【動画で見る】“元加害者”「自覚がなかった」…深刻化するカスハラに企業等も対策 背景に“客は神様”の顧客第一主義

めぐらす瑞穂公園のスタッフ:
「(利用者から)暴言暴力があるっていうのも日常茶飯事。『何でこんなのできてないの!』って急に怒鳴る利用者の家族も、もちろんいらっしゃったりする」

「めぐらす」では、職員を守るため『スタッフプロテクション制度』を導入した。カスハラを青・黄・赤の3つの種類に分けて、例えば“暴言が週に4回以上あれば赤”などと定義し、社内の窓口に通報できる。そして、一定のレベルを超えたと判断すれば、退去させることを決めた。

『スタッフプロテクション制度』の導入後、カスハラによって10%を超えていた職員の休職率は2%台にまで改善した。実際に利用者を退去させるケースも4年間で10件あったという。

運営会社「メグラス」の中島加織社長:
「今まではこの業界は『入居者様だから仕方ない』『患者様だから仕方ない』っていう風にしてしまって終わっていたと思うんです。それを『ハラスメント』っていう言葉を使って私たちも向き合うし、入居者や家族にも向きあっていただく」

■今は講師務める“元加害者”「自覚がなかった」背景に“客は神様”
 労働組合のUAゼンセンの調査によると、カスハラは、サービス業で働く人のおよそ2人に1人が被害に遭っているという。背景には「客は神様」という日本社会特有の「顧客第一主義」があると専門家は指摘する。

関西大学の池内裕美教授:
「(日本社会は)昔から過剰サービスっていうサービス精神が非常に旺盛っていうのが、サービス業全体にはびこっていた、浸透していたっていうのが大きな要因の一つだと思います。最初から『カスハラをしよう』と思ってしている人って、実は少数なんです。ちょっとしたボタンのかけ違いなんです。どなたでも陥る状況がカスハラではないかと考えています」

愛知県尾張旭市で2024年9月、カスハラ対策の研修会が開かれた。市の職員が利用者からクレームを受けたという想定で、どのような対応をとればよいかを、ロールプレイング形式で学んだ。

講師を務める愛知県内に住む会社員の鈴木さん(仮名・50代)は、かつてカスハラの「加害者」だった。

講師の鈴木さん(仮名):
「 『ウチのほうが先に頼んだのに、何でこーへんねん!』とか、店員さん呼んで 『早く持ってこい!』『どういうことなん!』と」

鈴木さんは主に飲食店で、店員に高圧的な言動や、横柄な態度をとるなどの行為を繰り返していたという。自身のカスハラに気づいたきっかけは、娘からの一言だった。

鈴木さん:
「子供から『一緒に食事行きたくない』とか、最初はやっぱり受け入れにくかったですね。自分は別にそうは思っていないので」

カスハラの「自覚がなかった」という鈴木さんだが、娘の一言をきっかけに、5年前からカウンセリングに通い始めた。

鈴木さんの心理検査の結果をみると、カスハラをする人の心理状態を見て取ることができる。カスハラをしていた5年前、鈴木さんは「自分が正しいと思うことを他人に従わせようとする心のはたらき」が高い数値となっていた。

「自分を抑えて他人に合わせようとする心のはたらき」は0点だった。

鈴木さん:
「自分の主張だけが優先しているというか、 『俺は客だぞ』という感覚が強かった気がする。それによって自分の中での気持ちがすっきりするというのが強かった。やっぱりそこにリスペクトがなかったと思うんです、店員さんとかそういったところに。でもやっぱり“お互いさま”じゃないですか、そこが崩れていた」

やはり“客は神様”という考え方が根底にあり、「相手の立場の尊重」と「お互いさまの心」が足りなかったという。鈴木さんは、カスハラへの対処について講演活動などをしながら、今もカウンセリングに通っている。

■深刻化する“カスハラ”…企業や自治体も対策に本腰
 サービス業の現場ではカスハラへの対策が進んでいる。大手コンビニ「ファミリーマート」では2024年10月から、具体的な行為を例に挙げたポスターを掲示して、注意喚起している。

東京都でも2024年10月、全国で初めてカスハラを禁止する条例が可決され、三重県の名張市役所でも、職員が胸ぐらをつかまれたり、長時間に及ぶ恫喝を受けるなどのカスハラ被害があったことから、2024年9月に対策を打ち出した。

・名札の表記をひらがなの名字のみに
・トラブルが起きたらICレコーダーで録音
・注意を呼び掛けるポスターの掲示
・窓口に防犯カメラの設置を検討

そして弁護士とも相談し、法的根拠に基づいた録音や退去の求め方などをマニュアル化した。

名張市の担当者:
「来庁を断ることはできませんし、業務に必要ないことに関して対応ができないということについてもマニュアルの中でお示しして『そういうことをお伝えしてもいいんだ』ということを職員に周知をさせていただく」

カスハラ対策はさまざまな現場で進められていて、厚生労働省も企業に対応マニュアルの策定や、従業員の保護などを義務付ける法律の整備を検討している。

■“元加害者”の娘「父は成長した」…カスハラなくす「尊重する社会へ」
 以前、カスハラ行為を繰り返していた鈴木さんは、かつて「一緒に食事行きたくない」といわれた娘たちとカフェを訪れた。

この日も代金の決済をめぐり、店員が質問に答えられない場面があったが、鈴木さんは責めることなく、落ち着いた言動に終始した。

鈴木さん:
「さっきレジのところみられていたと思うんですけど、『iDいけますか?』ワタワタワタ…みたいになっていたじゃないですか。ああいうとき多分(強く)言っていたと思うんですよ」

カウンセリングの成果があったのか、カスハラ気質だった鈴木さんの姿はなかった。娘たちも、父親の変化を感じていた。

鈴木さんの娘:
「(かつての父は)怖いから面倒くさくて。『あんま行きたくない、父さんとご飯に』って思っていました。成長したなって思います(笑)」

鈴木さん:
「自分の言動とか行動を一度振り返ってみる。やっぱり相手の気持ちですとか、そういったことを考えると、もうちょっと一歩踏みとどまったりですとか、できるんじゃないかなって感じますね」

「顧客第一主義」から「お互いを尊重する社会」へ。カスハラ被害のない世の中に向け、動き始めている。

2024年10月4日放送