
2025年3月、脳腫瘍と闘いながら、漫画家を目指した少女を描いた映画「春の香り」が公開された。モデルとなったのは18歳で亡くなった愛知県江南市の少女で、家族に支えられながら、最後まで懸命に「生きる意味」と向き合った。
■悪性脳腫瘍と闘い18歳で亡くなった少女の映画「春の香り」が公開
名古屋市中村区のミッドランドスクエアシネマで3月8日、映画「春の香り」の舞台挨拶が行われた。
【動画で見る】小学6年で「余命1年」と宣告…脳腫瘍と闘いながら漫画家を目指した少女の一生が映画に 両親がつなぐ“18年の証し”

東海3県で先行公開が始まった「春の香り」は、悪性脳腫瘍を患い18歳で亡くなった、坂野(さかの)春香さんの実話をもとにした映画で、病と闘いながら漫画家を目指した主人公と、支え続けた家族の“強い絆”が描かれている。

舞台挨拶には春香さんの父、貴宏さんと母の和歌子さんも出席し、娘への思いを語った。

春香さんの母親 坂野和歌子さん:
「春香は生前、『人の心に何かを刻みたい』『人の役に立ちたい』と言っていましたので、その願いが、きょう映画という形でみなさまにお届けできたことを、本当にうれしく思っています」
■漫画家を夢見た少女に起きた異変 迫られた『生きるための選択』
春香さんは2002年3月22日、愛知県江南市で生まれた。

幼い時から絵を描くのが大好きで、コンクールではいくつも賞をもらった。

春香さんの部屋は亡くなった当時のまま残されている。

描いた漫画も多く残されていて、プロ顔負けの作品もある。

春香さんは将来「漫画家」になることを夢見て、両親と2歳年上の姉、京香さんと、笑顔あふれる毎日を過ごしていた。

しかし、小学6年の秋、体に異変が生じた。
母親の和歌子さん:
「激しい頭痛と嘔吐で『目が見えない』って言って叫んで、これは普通じゃないなと思って、救急車を呼んで病院にいった」
春香さんは、11歳で悪性の脳腫瘍を発症し、余命1年と宣告された。

手術や抗がん剤治療を受け、1度は寛解したが17歳の時に再発し、春香さんと家族は選択を迫られた。

春香さんの父親 坂野貴宏さん:
「腫瘍を全部、100%取ることもできますが、取ると運動神経、右半身が動かなくなって、言葉も発声しにくくなりますよ。だけど、取らないことも温存することもできます。ただ、『腫瘍を残すわけだから、再発する可能性は高くなるけど、どうする?』というような選択を迫られたことがありました」
長く生きられても、絵は描けなくなるかもしれない。しかし、春香さんは迷わず『私は生きたいです。全部取ってください』と答えたという。

大好きな家族と少しでも長く過ごしたいという思いからだった。
■『もう1人の自分』と闘い…見つけた『生きる価値』
手術後、春香さんの右半身は麻痺し、ほとんど動かなくなったが、絵を描くことはあきらめなかった。わずかに動く右手と、左手の指に絵の具をつけて描いていたという。

前向きに生き続けた春香さんだが、映画ではハサミを手に、自ら命を絶とうとするシーンが描かれている。
脳腫瘍の影響で、発作的に自傷行為を起こし、家族が5時間にわたって押さえ続けたこともあったという。

実際に春香さんが「死にたい」と叫び続けた後に、シュークリームを食べているときの動画には、本心が溢れていた。
春香さん:
「おいしい、生きている価値が見いだせた」

突然現れる「もう1人の自分」と闘いながら、生きたいという気持ちを強く持ち続けた。
母親の和歌子さん:
「再発してから1度だけ木曽川沿いの公園に来て、その時に自分自身も困っているとか、戸惑っているっていう話とか、『どんな状況でも受け止めてほしい』ということは話してくれました」
そして亡くなる1カ月前、まだ動く左手である作品を完成させた。タイトルは「×くん」(ばつくん)だ。

「×くんのおしごとは まちがいに×をつけること。きょうも いっしょうけんめい はたらいた」
「えー×? さいあく ×なんて なくなって くれれば いいのに」

落ち込んだ“×くん“に、ある日、女の子が言った。
「あ、まちがえた でも×は せいこうのもと ×くんありがとう」
“×くん”は「自分は必要な存在なんだ」と気がついた。

春香さんは自らの姿と重ね合わせていたのだろうか。
■娘の『生きた証』を残したい…思いをつなぐ家族
2020年12月20日、春香さんは家族に見守られながら旅立った。18歳だった。春香さんの思いを形にしたいと、両親は「×くん」を絵本にして出版した。

そして、闘病生活を描いた「春の香り」が映画化されることになった。ほぼ全編が江南市で撮影され、多くの市民がエキストラで参加している。

1人でも多くの人に春香さんのこと知ってほしいと、両親は自ら映画のPRに積極的に参加し、思いを訴えた。
父親の貴宏さんのあいさつ:
「春香の思いが映画にも込められていると思います。もう生きることはできないんですけど、みなさんに春香からのメッセージがたくさん詰まっていると思います」

父親の貴宏さん:
「(ステージでのあいさつは)緊張しましたね。緊張しましたけど、いつも僕は緊張した時には心の中に春香を思い出して、春香も辛い治療に耐えたりとかしていたので、緊張している場合じゃないというか」

最後まで懸命に生きた春香さんの『生きた証』を残そうと、家族が思いをつないでいく。
■「心から家族が大好きです」亡くなる前に残した家族へのメッセージ
春香さんは亡くなる前、スマートフォンに家族へのメッセージを残していた。

【春香さんのメッセージ】
「パパ、ママ、京ちゃんへ。私という自我が死んでしまったかもしれないので手紙を残すことにしました。パパ、ママ、この世に存在させてくれてありがとう。京香、いつも味方をしてくれてありがとう。17年辛い時期もあったけど四人でいると楽しいことでいっぱいでした。心から家族が大好きです」

「不幸とは幸せだと気づけないこと、敗北を認めおおいに楽しむこと、どんなところにも美しいものはある、それこそが運命、私が人生において大切にしている言葉です。なので、正直怖くはありません。たとえ私が変わってしまっても『家族は一つ』だしね」

映画「春の香り」は3月7日から愛知県・岐阜県・三重県のイオンシネマなどで先行公開され、3月14日から全国各地で上映が始まっている。
2025年3月10日放送