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ロシアによるウクライナ侵攻や円安などで燃料価格が高騰し、卸売市場の電力価格も大幅に値上がりした。2016年の電力全面自由化後、自前の発電・送電設備を持たずに、卸売市場から電力を仕入れて大手電力会社より安く販売するビジネスモデルの「新電力」に多くの事業者が参画したが、いま岐路に立っている。
■突然FAXで「電力供給停止のお知らせ」 危機経験した日本屈指のスパコン
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名古屋市千種区の名古屋大学・東山キャンパスにある研究施設。その地下に、スーパーコンピューター「不老(ふろう)」が設置されている。
【動画で見る】1人暮らしで電気代が月6万円超となり解約するユーザーも…燃料高で岐路に立つ『新電力』開始から7年 課題は
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名古屋大学情報基盤センター・森健策センター長:
「この部屋全体にあるコンピューターで、スーパーコンピューター『不老』を構成しています」
「不老」は、1秒間に10の16乗を超える、1.5京(けい)回の計算が可能な、日本でも5本の指に入るスーパーコンピューターだ。
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しかしその維持と稼働には、かなり高い費用がかかる。
森センター長:
「(年間の電気代は)2.2億円くらいだと思います。見ていただけるとランプがいろいろと点いていることがわかります。このコンピューターを動かしているんですけども、電気代節減のために一部停止をしています」
ウクライナ侵攻などによる電気代の高騰で、費用はさらに上昇。2022年7月からは3割ほど稼働を停止し「節電」している。
スーパーコンピューターに必要な電気だが、以前、供給に危機が訪れたという。
名古屋大学の杉山直総長:
「2022年の3月14日に、いきなりFAXが送られてきて、『電力供給停止のお知らせ』と」
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2022年3月、大学が契約していたいわゆる新電力の会社が突然破綻した。
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急遽、中部電力の子会社から供給を受けて危機は脱したが、苦い教訓を残すこととなった。
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杉山総長:
「いきなり契約を切られちゃうわけです。フタを開けてみたら安定して供給されないものだとすると、値段だけではないのかなと」
■多額の負債抱え倒産した「新電力」も 原因は電力供給の構造
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2016年の電力小売全面自由化を受けて登場した「新電力」とは、新規参入した小売電気事業者を指す。
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小売に特化し、発電などの設備は持たないことでのコストダウンや、様々な業界からの参入による市場の活性化などから「大手よりも安くなる」と注目され、2021年までに706の会社が産声をあげた。契約数は全国でおよそ2020万件で、シェアは22%余りを占めている。
2016年に、名古屋市昭和区に立ち上がった「東海電力」もその1つだ。
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謳い文句は「中電より10%安く!」だったが、当時オフィスがあった部屋には、別のテナントが入居していた。
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東海電力は2021年に、16億7千万円もの負債を抱えて破産していた。
東海電力の立ち上げにも携わり、10年以上電力コンサルタントとして活動している小野洋揮(おの・ひろき)さんは「電力卸市場の高騰の煽りが大きな要因だった」と振り返る。
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新電力が苦境に立つケースで、原因の多くはその構造にあるという。
電力コンサルタントの小野洋揮さん:
「発電設備を持たない。卸市場の高騰でもろに煽りを受ける」
新電力はそのほとんどがコストダウンのため、自前の発電・送電設備を持たず、卸売市場から電力を仕入れている。そのため、発電に必要なLNGや石油などの燃料価格の高騰を受け、市場の価格が上がってもそのまま仕入れざるを得ない。
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2022年度は燃料価格の急騰で、卸売市場の電力の価格は2021年度からおよそ1.5倍も上昇した。
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小野さん:
「原価高騰しているけども、お客さんとの契約は固定になっているということで“逆ザヤ”が生じている。売値より高い仕入れ値になっているとか、去年だと」
■1人暮らしで電気代6万円超え 電力自由化に疑問持つユーザーも
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名古屋市で1人暮らしをする水野祐太(30)さんは、不動産会社から「大手よりも安くなる」と勧められ、2021年に「新電力」と契約した。
水野祐太さん:
「2月分の1番高かった時が(1か月で)6万706円。ありえないと思いましたね。問題なのは、この『燃料費調整額』というものが、3万2098円とあるんですけども…」
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使用料などに加えて請求される、燃料価格の変動を反映する「燃料費調整額」。大手と違い、水野さんが契約した新電力は上限を設けず、独自に加算していた。
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その重要な約款の変更は2022年4月、スマートフォンにショートメッセージで送られていた。
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水野さん:
「アドレスをチェックすると、ホームページに飛びます。細々とした書類が出てきますが、これではさすがに一般の方にはわからないだろうなという。自分の調べが甘かったところも反省点ではあるんですけども」
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水野さんは2023年4月、新電力を解約したが、解約する際の手続きにも苦労したという。
水野さん:
「カスタマーサービスから『今、連絡が立て込んでいるからもう1週間待っていただきたい』と。その後、1週間後に電話が来なくて、決まった時間に。かけ直したら『また1週間待ってくれ』と。まず、電力の自由化が可決されてしまったこと自体もこういうことにつながっているので『どうかな』と思ってしまう」
■新電力は燃料高で 大手は不正で揺れる
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消費者が抱いた、新電力への不安。帝国データバンクによると、2023年3月末までに、全国の「新電力」の3割弱に当たる195社が倒産や撤退などに追い込まれた。
このうち8割以上が2022年度に集中している。
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小野さん:
「(2022年は)めちゃめちゃ大変でした。顧客さんにしっかりと説明する立場なので、駆けずり回りましたね」
燃料高をきっかけに揺れる新電力。しかし大手も、別の問題で揺れている。
中部電力の林欣吾社長(会見):
「小売電気事業者間の公平な競争の土台自体を蔑ろにするものであり、お詫びを申し上げます」
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中部電力など大手電力数社で、新電力の顧客情報不正閲覧やカルテルが明らかになった。小野さんは「業界全体で健全な自由化市場を確立すべき」と指摘する。
小野さん:
「大手さんの動きを含めて、クリーンな業界になってほしい。去年のような出来事があると“自由化失敗”というような声もニュースや新聞で上がっていたりしたので、そういう結末にはならないで欲しいなと思っています。せっかく開かれた電力市場なので」
■新たな活路模索する動き セオリー覆す「地域新電力」
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“電力自由化”の未来に向けて、新たな活路を模索する動きも出ている。岐阜県恵那市の廃校になった小学校のプール跡地には、太陽光パネル約2000枚が設置されている。
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持ち主は、恵那市や日本ガイシなどが出資して2021年4月に立ち上げた、新電力の「恵那電力」だ。
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恵那市役所ゼロカーボン推進室の担当者:
「恵那市では持続可能な街づくりに取り組んでいます。“エネルギーの地産地消”と」
地方自治体が参画する「地域新電力」は、全国に少なくとも80以上ある。その中でも恵那電力が強みとしているのが、自前の発電設備だ。
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小学校の屋根をはじめ、市が所有する10か所に太陽光パネルを設置し、60の公共施設などに電力を供給している。「発電能力を持たない」という新電力のセオリーを覆す試みだ。
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恵那電力にはもう1つ特色がある。
日本ガイシの担当者:
「日本ガイシが作っているNAS電池という蓄電池で、100世帯分くらい、一般家庭に電気が供給できる大型の蓄電池です」
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最新の蓄電池を設置し電気を貯めておくことで、災害にも備えている。
近くに住む男性:
「ええことやないかと思う。地元で発電して、停電になったときには優先的にそこ(避難所)へ電気を流して…」
近くに住む女性:
「いつ災害起きてもおかしくない状況ですもんね。(太陽光パネルなどが)遠く離れとったらありがたいと思いますけどね。自分の(家の)隣だとちょっと…」
「新電力」のスタートから7年。課題が露呈し、岐路に立っている。
2023年5月12日放送