過疎化が進む地域の「ローカル鉄道」は、新型コロナの影響もあり、厳しい経営状況に陥っている。“アイデア”でコスト削減や集客アップを図ろうと、若者の力を借りた新たな取り組みを始めた鉄道を取材した。

■コロナで“観光利用”減り苦境に…“なくてはらない”ローカル鉄道

 母親に見送られて、朝早く家を出た戸賀沢(とがさわ)エミリオくん、中学1年生。

【動画で見る】観光利用が前年度比84%減も…コロナ禍後見通せず苦境続く『ローカル鉄道』生き残りかけ“あの手この手”

自転車で5分、最寄りの神海駅(こうみえき)へ。岐阜のローカル線・樽見鉄道に乗り込んだ。

戸賀沢エミリオくん:
「(乗客は)中高生がやっぱり多いですね」

駅に停まるたびに次々と中学生が乗車し、車内はほぼ100%ジャージ姿になった。

大垣市から「薄墨桜」で知られる本巣市の根尾地区まで34.5キロ。19の駅をつなぐ樽見鉄道だが、利用者は年々減少し、赤字の状態が続いている。

Q.鉄道が無くなったら困る?

エミリオくん:
「そうですね、送ってもらわないといけないですし、親が仕事の関係でいないときもあるので」

電車に揺られて約10分、本巣駅に到着し学校へ。この地域の子供たちにとって樽見鉄道は、「学びの場」へ通うための欠かせない存在となっている。

エミリオくんの母・菜奈子さん:
「中学校までここ(神海駅)から7キロくらいあって、もし電車が無くなったら困ると思います。あとは休日の部活動だとか習い事だとか、そういったのも土日全部送り迎えで潰れてしまうとつらいかなと思います」

エミリオくんのような中高生や車を持たない高齢者にとって、「樽見鉄道」は“なくてはらない足”だ。

しかし、大きな収入の柱だった薄墨桜の観光需要が、コロナ禍で激減した。

樽見鉄道の清水弘樹さん:
「(観光利用は)かなり落ち込みまして。前年度比の84%減という数字をたたき出しまして、本当に会社がどうなるのかという感じでしたね」

この10年横ばいの状況にあった輸送人員は、コロナで観光目的の「定期外」利用が減ったことで、大きく落ち込んだ。2021年度は持ち直したが、それでもコロナ前の9割程度の水準にとどまっている。

清水さん:
「(利用者が)戻ってこないですね。もう戻らないんじゃないかと思っているんですけど。生活様式も変わっているし、少子高齢化も進んでいますので。何もしなければ(存続が)厳しくなっていくんではないかなと思っています」

■「市民駅長」の取り組みも…アイデアでコスト削減と集客アップ

“コロナ以降”が見えてこないローカル鉄道の経営だが、お金のかからない“アイデア”で、コスト削減や集客アップを図ろうと、様々な試みが行われている。

神海駅の近くに住む玉置(たまおき)つた子さん、58歳。玉置さんは、この駅の“駅長”だ。

玉置つた子さん:
「駅に来てくださった方や使われる方が、今日も頑張ろうって思えるといいなって思って、(黒板にあいさつの言葉を)書いています」

社員32人の樽見鉄道では、人員と経費を削減するため地元の人たちに「市民駅長」を委嘱。

玉置さんは2018年から、ボランティアで清掃や見守りなどの活動を行っている。

玉置さん:
「コロナがないときは地元の方が集まって、いろんなもの作ったり、一緒にお弁当食べたり、餅つきやったり…」

玉置さん:
「地元の人に喜んでもらえる場所でありたいっていうのはすごく思うので。歳をとっても安心して住める、その拠点であるといいなって思っています」

■「駅があるから集まろうか」駅長室が“寺子屋” に

 駅を“地域の拠点”とすることで、その価値を高める。2022年からは駅舎を使って「寺子屋」も始まった。先生は、岐阜で育ち、2021年まで東京の新聞社で政治記者をしていた河合達郎(かわい・たつろう)さんだ。

河合達郎さん:
「きれいになりましたかね。こっちの島でパソコン使って勉強する子が、持ち込んだ教材使う子がこっちに座って…」

夕方になると、次々と近所の子供たちが駅長室にやってきた。あのエミリオくんの姿もあった。

小中学生の学習を支援する「寺子屋」は、月謝3000円から。

河合さん:
「(来たのは)コロナから1年くらいたった時ですよね、(駅舎が)使われていないって状況しかみていない」

河合さんは、地元に恩返ししたいと本巣市の地域おこし協力隊として戻ってきたところ、この地区に塾がないことを知り、駅舎に目を付けた。

河合さん:
「浮かんだのが、教育環境格差というワード。本当だったら、市街地だったら受けられるものを受けられない、叶う望みも叶えられないという状況を解消したいなと思って、ここで開くことにしました」

河合さんにも樽見鉄道にとっても決して“儲かる話”ではないが、それでもこういった試みが地域を豊かにし、ひいては鉄道を守ることに繋がるのではないかと考えている。

河合さん:
「駅とか鉄道ってすごく魅力的なところで、地域の交流拠点というか、神海駅があるから集まろうかっていう、そういう場所で本来あったと思うし。集えるような場として再活用できればいいなと」

鉄道を、人が集まってくる魅力的な場所に…。

■鉄道と沿線を舞台にした「推理ゲーム」で狙う利用者増

 美濃加茂市から郡上市を繋ぐ「長良川鉄道」でも、若い人の発想が採用されていた。

関市で生まれ育った荘加冴(しょうか・さえ 28)さんは高校時代、通学にこの路線を利用していた。

荘加冴さん:
「懐かしい、(駅前の通りも)そのままだ。こういうところ(ガードレール)に座りながら、ジュース飲んで(電車が来るのを)待っていました。演劇部だった時に、みんなで電車に乗っていきましたね。景色も昔から変わらないし、川の上とか、ああいうのをいろんな人に見てもらえたらいいなと思います」

ずっと慣れ親しんできたこの列車からの景色を、次の世代にも…。

荘加さんは、長良川鉄道と東京のイベント制作会社の若手がコラボして手掛けた「長良川鉄道マーダーミステリー」という推理ゲームの企画に参加した。

参加者全員が物語の登場人物となり、殺人事件の謎を解いていく。

鉄道とその沿線が舞台のイベントで、荘加さんは演劇部の経験を活かしてキャストとして加わった。

荘加さん:
「もしもし、お父さん?いま、どこ…」

演じるのは物語の重要人物。役になりきって、参加者たちを誘導していた。

参加者の男性:
「普段電車に乗る機会がもともとあまりないので、降りない駅で降りたりとか。こういう電車で旅している感じが没入感があっていいです」

別の参加者の男性:
「新鮮な感じがしますね。実際に舞台に行けるというのが、ゲームができて楽しめるっていうのが面白いですよね」

荘加さん:
「電車を使ったマーダーミステリーはすごく楽しいので、多くの人に体験して欲しいと思いますし、何回もやってもらえたらうれしい。私も参加したいと思います。(利用者が)本当に増えて欲しいです。いっぱい魅力も知ってもらえたら嬉しいです」

コロナ渦で過去最大4億7000万円以上の赤字を計上するなど、長良川鉄道も苦境が続いていて、若者たちの発想に期待がかかる。

長良川鉄道運輸部長の佐々木綱行さん:
「ゲームを体験したお客様も、家族や知人を連れて沿線を訪れて頂ければ幸いかなと思います」

フットワークの軽さを生かし、新しい試みを続けるローカル鉄道。観光や地域の人の足となるだけでなく、様々な形で“必要とされる存在”になることで生き残りを目指している。

2023年2月15日放送